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2008年7月15日 (火)

路上観察:大阪北新地・茶屋「河庄」跡

 JR梅田(大阪)駅から南に続く地下道の外れで地上にでると、辺りは北新地の飲食店街です。夜になればきらびやかな世界に変わります。仕事に向かう多くのお姉さんたちが行き来します。

 尼崎に居住していた頃、このあたりを時々歩きました。身分不相応ですからこのあたりの店に入ったわけではありません。少し先にJ書店があるので本を探しにいっただけですが、多少は雰囲気を味わったものです。

1 その一角に、曽根崎川跡の碑があります。碑には地図と文が嵌め込まれています。碑文は次のように書かれています(原文の数字は漢数字です)。


『曽根崎川跡
曽根崎川はかって堂島川から分かれて/ここから少し南寄りのところを東西に流/れ 俗に蜆川(しじみかわ)ともい/われていた 元禄年間に河村瑞軒がこ/の川を改修してから堂島新地・曽根崎/新地が開かれた/
2そのころ新地の茶屋は蔵屋敷や商家/の人々の集うところとして親しまれ/このあたりからは北野や中津の田畑越/しに北摂の山々が遠望でき夏の夕べに/は涼み船がこの川からこぎ出たという/近松門左衛門の作品には堂島新地・曽/根崎新地を舞台にしたものがあり な/かでも「心中天網島」(1720の作)/の一節名残の橋づくしには当時曽根崎/川にかけられていた難波小橋・蜆橋・/桜橋・緑橋・梅田橋の名がたくみにと/りいれられている/
3_3 しかしこの曽根崎川も明治42年(/1909)の北の大火災後に上流部 つい/で大正13年(1924)には下流/部が埋立てられ 昭和20年(194/5)の戦災でこのあたり一帯は焼失し/たが 今日では北の新地としてにぎわ/いをとりもどしている/
  昭和51年春 大阪市』


4  碑の前方に自動販売機が並んでいますが、二台の赤い自動販売機の右側に『茶屋「河庄」の跡』の碑があります。情緒もへったくれもありません。あまり足を止める方を見かけませんでしたが、私は自動販売機に挟まれた碑から、小春・治兵衛の道行に思いを馳せました。

 ご紹介はまたの機会としますが、ここから東に進むと10分も歩かないところに曽根崎心中の露(お初)天神があります。

 お断り:写真は2003年4月に撮影しています。もし興味を持たれて行ってみようと思われたら、どうか最新情報を確認してからにして下さい。

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