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2008年7月

2008年7月30日 (水)

映画:横浜黄金町映画祭(その3)

 会場    ジャック&ベティ(京浜急行黄金町駅下車徒歩5分)
 会期    2008年7月26日(土)~8月1日(金)

           

 午前中用有のため会社を休み、午後はフリーなので「美式天然、監督:坪川拓史、出演:吉田日出子・高木均・小松政夫・常田富士男・他」を見ました。この映画は劇映画・天然色/白黒の作品、第23回トリノ国際映画祭(2005年)メイン長篇コンペティション部門の正式招待出品でグランプリを受賞しています。ただし、国内で劇場公開はされていないそうです。

 

 あらすじは。 
 「片田舎の映画館で無声映画「美式天然」が上映されようとしていた。その頃、フィルム運びの少年はなぜかフィルムを砂浜に埋めて失踪。時は流れる。
 ある街に、部屋で花の絵を描き続ける母と、冷めた感じの娘がいた。あり日一角手紙が届き、やがて祖父が居候を始める。母と娘の生活はなんとなくぎこちないものになる。
 祖父は残る人生をいとおしむように過ごす。そのうち、自分の若い頃に届けなかった映画のことが蘇る。やがて、祖父の空想の映画館で上映がはじまる」

 

 無声映画の劇中劇が登場します。これがストーリーの牽引役となります。無声映画と言えば「美しき天然」のメロディ。それはともかく、古い映画館の歴史の象徴でしょう。実は、監督の故郷長万部の映画館が解体されることになり、その映画館の姿をフィルムに留めたい、と思ったことがこの映画の生まれる契機だったようです。

 出演者は随分豪華です。意気を感じて、手弁当で参加しているのではないでしょうか。そうとしか思えません。

 劇中劇・過去・現在の構造は難しい。せりふも少ないので難しさに輪をかけます。
 今となっては確認できないのでが、空想シーンが天然色で撮影されていたのではないかと思います。少し遅れて気づくのですよね、残念ながら。そう思って見れば理解は随分と進むと思います。

 そして空想シーンは美しい。大きな桜の満開の下(安吾みたいだな)で映画宣伝の楽師たちが休んでいるシーン。海岸線に長万部劇場の名前の入った緞帳、舞台が仮設されたシーンなど。

 ともあれ、一軒の映画館が存在したことを記録に残す目的は立派に果たしています。いや、そこに留まらずに映画が身近に存在した時代を髣髴とさせました。

 

 横浜黄金町映画祭で、三公演・四作品を見ました。商業ベースには乗らない作品ばかりです。しかし、それが作品として充実していないことではありません。むしろその逆です。
 私は映画を疎遠にしてきましたが、表現技法の一つとして、映画をもう少し身近に感じて良いと思わされました。良い作品に巡り合えたということです。

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2008年7月27日 (日)

映画:横浜黄金町映画祭(その2)

 会場    ジャック&ベティ(京浜急行黄金町駅下車徒歩5分)
 会期    2008年7月26日(土)~8月1日(金)

           

 本日は予定通り、河瀬直美監督の「垂乳女」「影-Shadow」の二本を見ました。と言っても前者は40分強のドキュメンタリー、後者は30分弱のドキュメンタリー風。

 

 「垂乳女」。おばあちゃん(実は大叔母)と私(監督自身)の関係、私と自ら生んだ子の関係。命が繋ぎ続けられることに迫る。

 私はおばあちゃんに育てられた様子、祖母は自らの子を生んだ経験はない。入浴中の祖母に「ばあちゃん、自分の子ども欲しかった」「そんなこともないけどな」。

 「私の家族って誰なん」「わてで気に入らなかったらどうなとしたらええのや。わしはこれだけの人間やさかいしょうないやん」「気に入らんていってないやん、おばあちゃんが親だし、おばあちゃんのところにいたいからいうてんやん」。見ている方がはらはらするような詰問。やがておばあちゃんは頭を掻き毟って泣き出す。

 我が子の出産。新しい命が生まれる瞬間を克明に記録する。わが子を中にして母と子とおばあちゃんが手を握る。子どもの成長とおばあちゃんの老いが交錯する。

 河瀬直美は強い女かも知れない。綿々と続く命、それはとりもなおさず生と死に象徴される、を自らの出産シーンを中心にして描き出す。

 

 「影-Shadow」。一人の女優に一台のカメラが対峙する。それを見守るもう一台のカメラ。仕掛けはそれだけ。

 「実は私が父親なんです」「うそだー」「いや本当」。物語はそこから展開する。ドキュメンタリーと言いながらストーリーなしの物語。これは映像によるインスタレーション。もう少し古い言葉で言えばパフォーマンスか。

 カメラを前にして物語を作り上げる女優。作り上げる過程の記録がドキュメンタリー。良くわからないが、ドキュメンタリーとドラマは紙一重か。

 うまく説明できませんけど、こういう手法は面白い。それなのに思わず涙が滲んでしまう。これだから映画は苦手だ。

 

 河瀬直美監督の「萌の朱雀」「殯の森」、見たいと思って積極的に行動していませんでした。これから機会あれば行動しようと思います。少し調べたのですが、2010年に奈良国際映画祭を開催するようです。貯金しておこう。

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2008年7月26日 (土)

映画:横浜黄金町映画祭

 会場    ジャック&ベティ(京浜急行黄金町駅下車徒歩5分)
 会期    2008年7月26日(土)~8月1日(金)

           

 第1回横浜黄金町映画祭開催を知ったので、映画は苦手な私ですがまずオープニングの一本を鑑賞しました。黄金町とは、京浜急行横浜駅から下り各駅停車で3つ目の駅周辺。あるいは伊勢佐木町の最も南よりの一帯。以前は一角に猥雑な部分もありましたが、街づくりが盛んで街並みは変化しています。

 第一回目のテーマは「再上陸-海外が注目する日本の才能」。優れた内容ながら劇場公開される機会に恵まれなかった作品。そんな作品群から、海外映画祭で高い評価を得た作品、注目を浴びた作品を集めてプログラムを構成しています。他に、横浜を舞台にした作品の特集上映。
 ジャック&ベティは、ジャックとベティの2スクリーンで異なるプログラムが同時進行します。

 私が鑑賞したのは「クロスワード・モノローグ・監督:片岡秀明・2007年・上海国際映画祭出品」。
 パリ、母を失った娘は父と。ロサンゼルス、父を失った娘は痴呆症の母と。サンパウロ、交通事故で子どもを失った妻は自暴自棄になって夫と。各々はうまくいかない。東京、家族を無くした若い娘。
 コミュニケーションをなくし、確固たる存在感も無くしかけている女たちの独り言。分かり合えないもどかしさを繰り返しながらも、やがて話は繋がっていく。一度会おうかと。

 パリ-ロサンゼルス-サンパウロ-東京。時空を越えて語り合う女たちというコンセプト、断片を各所に切り替えながらの進行。前半はなかなか馴染めまでんでしたが、次第にしっくりしてきます。何かストーリーがあるわけではありませんが、全体を通して孤独と、そこから再び立ち上がる彼女たちが発見できます。

 舞台では実現不可能でしよう、映画ならではの手法です。映画を敬遠していましたが、そうは言っていられないですね。映画には映画の面白さがある、当然ですが。

 週末の10時30分上映は、少し早いでしょうか。130前後の客席に客は10数人。監督挨拶もあったのですが少し気の毒な状態でした。明日もでかけるつもりです。目当ては河瀬直美監督、「垂乳女」「影-Shadow」の二本立て。

 皆さんも時間の都合がつけば、横浜黄金町映画祭を盛り上げていただけませんか。私は何の関係もないのですが、身近な場所ですので少し応援したい気持ちがあります。

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2008年7月25日 (金)

路上観察:味のあるサミット

 皆さん、洞爺湖サミットはどのように評価しますか。新聞・TVの報道の範囲内ですけど、私は味も素っ気もないままに閉会したと思っています。BRICsの台頭もあってG8は影が薄くなりつつあるのでしょうか。奢る何とかでは、世界は困る状況にあると思うのですが。

1  そんな時に味のあるサミットが開催されることを発見しました。場所は名古屋から特急で南下すること30分ほどの名鉄・知多武豊駅構内、何と「第2回全国醤油サミット in たまりの里 武豊」のポスター。さて何を話し合うのでしょうか、詳細未確認です。

 仕事で週に一度は行くのですが、知多武豊は名前からも判るように知多半島東岸に位置します。読み方は「たけゆたか」でなく「たけとよ」、浦島伝説などもあります。「たまりの里」は初耳です。

 先に「路上観察:半田運河」を掲載しましたが、この周辺には醸造業が多く立地しています。路地を通るとオスや醤油の匂いが漂ってくることがあります。

 もし興味ありましたら参加をご検討願います。

 

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2008年7月21日 (月)

路上観察:奈良・東大寺から平城宮跡へ(2008.7.19)

1  奈良国立博物館・法隆寺金堂展を観終えてから東大寺戒壇院に向かいました。東大寺も大仏殿までは観光客が多く、大仏殿の拝観が終われば二月堂に向かう方は多いでしょう。しかし、戒壇院に足を向ける方は限られています。


2  戒壇院とは受戒の行われる場所、受戒とは僧侶として守るべきことを確かに履行すると仏前に誓うこと。戒壇院は三度の火災にかかり、現在の建物は1732年再建。内部には多宝塔と四天王像。多宝塔は再建時に作られたもの、四天王像は東大寺の他場所から移したものだそうです。極端に言えば、四天王像しか観るものはありません。後は古に思いを馳せること、鑑真・空海にまで遡れそうです。

 四天王像は仏様ではあるけれど惚れ惚れします。重心を片足に載せた非対象な姿、それでいて押しても引いても動じそうにない安定した印象。憤怒あるいは深い思惟を漂わすお顔。皮革製を思わせる甲冑を身にまとい、仏教を守る守護神であることが余すところ無く表現されています。余計なものは何一つない極めてシンプルな造りであるにも関わらず。

3  戒壇院まで来ると、佐保路東端にある転害門に足を延ばしたくなります。天平時代から今に残る東大寺で唯一の伽藍建造物。しかし私の前後に観光客らしき人はいません。

 三間一戸八脚の堂々とした門。大仏殿の西北、吉祥の位置で害を転ずる意味を込めて転害。「佐保路門」とも、源頼朝を暗殺しようとして平景清がひそんだとの伝説から「景清門」とも言われるそうです。注連縄の架かっていることも特徴でしょうか。神様と仏様は何のためらいもなしに同居するようです。

 転害門から西に延びる道が平城京一条通り。西に進めば平城宮跡に至りますけど、まさかこの暑さの中を歩くなんて無謀なことは・・・。距離はサーン.5Km、少しあほになったかも知れません。歩き出してしまいました。確かこれで3回目。

 一条通りの両側は民家が立ち並んでいて、通り自体から歴史的な印象を受けることはありません。ただ、平城京の大きさ(小ささ)を実感するには歩くが一番。とは言いながら多少の寄り道を許せば歴史を実感できる一帯です。例えば、聖武天皇皇后佐保山東陵、不退寺、法華寺、海竜王寺、宇和奈辺・小奈辺他の古墳群、平城宮跡、西大寺、秋篠寺。一日で回りきれないほどです。ただし今回は平城宮跡に直行。

4  第二次大極殿の基壇に立って東、すなわち東大寺から若草山を望めば、昔の都は手の届く範囲であることが知れます。西を望めば生駒山が聳え、夕べに太陽の沈む様を見ればさながら極楽浄土を思わせる光景が現れたのではないでしょうか。


5  奈良市および奈良市民は素晴らしい景観を維持するために様々な努力をしてきたと知れます。建物の高さ制限一つとっても大変なことだったでしょう。この景観のあるがゆえに、私は京都より奈良により強く惹かれます。


6  平城宮跡は大分整備が進んでいます。朱雀門、東院庭園、遺跡展示館など。今、第一次大極殿正殿復原整備が進んでいて、工事用の大屋根が仮設されています。限られてはいますが工事状況の見学も可能です。

 ここまで来ると近鉄西大寺駅はすぐ近く。
 3時間ほどのウォーキングでしたがとにかく暑く、水を浴びたように汗をかきました。以前歩いた時も夏の盛りだったと記憶します。なぜって、成り行きです。

 写真は上から、奈良国立博物館前の池で、東大寺戒壇院、転害門、第二次大極殿跡、大極殿跡から東大寺・若草山遠望、朱雀門。

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路上観察:横浜開港記念みなと祭 第53回国際花火大会

 熱暑中、お見舞い申し上げます。
 7月20日開催の主題花火大会、臨港パークから撮影、特急で整理しました。撮影機会が少なく慣れていないこと、風向き悪く煙がこちらになびいてきたこと、良い写真は取れませんでした。が、多少の暑気払いになれば幸いです。

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2008年7月20日 (日)

美術:奈良国立博物館・国宝法隆寺金堂展

  会期   2008年6月14日(土)~7月21日(月・祝)
  開館時間 午前9時30分~午後5時、
       毎週金曜日は午後7時まで
       入館は閉館30分前まで
  休館日  毎週月曜日、ただし7月21日は開館
  入場料金 一般 1200円(近鉄奈良駅営業所で購入すると1000円)
  鑑賞日  2008年7月19日
  公式HP http://www.narahaku.go.jp/

 鑑賞を終え、飛鳥園に寄って写真を見てから、近鉄奈良駅に向かって歩き出しました。ところが奈良県庁辺りまで来たら、急に東大寺戒壇院(堂)の四天王が見たくなりました。道を折れ、東大寺の脇の方から戒壇院に向かいました。おぼろげな予定はあったのですが、後の行動はまったく気まぐれの行動に。それほどの衝撃を受けました。

 この展覧会は金堂須弥壇の修理の間に実現したもののようで、日本最古とされる四天王立像4体(国宝、飛鳥時代)が目玉でしょう。私は東博の開催と思って会期初めの頃、会社を休んだついでに出かけようと思ったのです。しかし調べたら会場は奈良国立博物館だったので観る機会はないかと思っていました。しかし何とか実現しました。

 何回か法隆寺に出かけています。多分、この四天王も拝観している筈ですが、まったく記憶に残りません。展覧会の案内を見て是非とも実物を観たいものだと思いました。

 四天王と言えば、攻撃的あるいは威圧的な姿をしています。仏教の守護神ですから当然なのかも知れません。しかし、この四天王は随分と穏やかな姿形をしています。造りは木造・彩色・切金、4体は驚くほど全体が類似しています。

 まずお顔ですが、さすがにアルカイック・スマイルとは言えませんけど、しかし憤怒の表情はほとんど感じられません。肩の辺りは円を描いたような曲線、すなわちなで肩。頭部は体の中心より前に、すなわち顔を前に突き出した状態。腕の形を除けばほぼ左右対称、衣の襞も丁寧に左右対称になっています。
 踏みつける邪鬼も左右対象、四肢を地面につけてお尻を突き出すようなおかしみのある形をしています。顔も愛嬌があります。

 展示方法は、大き目の台座の上に1体づつおかれ、360度、全ての位置から観られます。この展示方法は細部も眺めることが出来て有難いです。ただ、私の観る目が追いついていない嫌いはあります。
 他の展示は、阿弥陀三尊像、二つの天蓋、飛天図(金堂内陣旧壁画)、再現壁画など。

 金堂須弥壇の修理が終えて仏像などが元の位置に収まると、これだけ詳細に観ることは出来なくなります。貴重な展覧会です。

 この後、東大寺戒壇院の四天王を観るのですが、この四天王は天平期の傑作、というより仏教美術に拡大しても傑作と言って良いでしょう。法隆寺金堂の四天王とは表現において大きな差があるように思います。ただ私の思いはその差を指摘することにはありません。法隆寺金堂の四天王がなければ、東大寺戒壇院の四天王も有り得なかったのではないかと思うこと。両者が造られた1世紀か2世紀かの間に仏師たちが技や表現を磨いていく、脈々と繋がる伝統を垣間見る思いが出来る、ということです。

 残すは本日・明日(2008年7月20/21日)のみです。

 

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2008年7月15日 (火)

路上観察:大阪北新地・茶屋「河庄」跡

 JR梅田(大阪)駅から南に続く地下道の外れで地上にでると、辺りは北新地の飲食店街です。夜になればきらびやかな世界に変わります。仕事に向かう多くのお姉さんたちが行き来します。

 尼崎に居住していた頃、このあたりを時々歩きました。身分不相応ですからこのあたりの店に入ったわけではありません。少し先にJ書店があるので本を探しにいっただけですが、多少は雰囲気を味わったものです。

1 その一角に、曽根崎川跡の碑があります。碑には地図と文が嵌め込まれています。碑文は次のように書かれています(原文の数字は漢数字です)。


『曽根崎川跡
曽根崎川はかって堂島川から分かれて/ここから少し南寄りのところを東西に流/れ 俗に蜆川(しじみかわ)ともい/われていた 元禄年間に河村瑞軒がこ/の川を改修してから堂島新地・曽根崎/新地が開かれた/
2そのころ新地の茶屋は蔵屋敷や商家/の人々の集うところとして親しまれ/このあたりからは北野や中津の田畑越/しに北摂の山々が遠望でき夏の夕べに/は涼み船がこの川からこぎ出たという/近松門左衛門の作品には堂島新地・曽/根崎新地を舞台にしたものがあり な/かでも「心中天網島」(1720の作)/の一節名残の橋づくしには当時曽根崎/川にかけられていた難波小橋・蜆橋・/桜橋・緑橋・梅田橋の名がたくみにと/りいれられている/
3_3 しかしこの曽根崎川も明治42年(/1909)の北の大火災後に上流部 つい/で大正13年(1924)には下流/部が埋立てられ 昭和20年(194/5)の戦災でこのあたり一帯は焼失し/たが 今日では北の新地としてにぎわ/いをとりもどしている/
  昭和51年春 大阪市』


4  碑の前方に自動販売機が並んでいますが、二台の赤い自動販売機の右側に『茶屋「河庄」の跡』の碑があります。情緒もへったくれもありません。あまり足を止める方を見かけませんでしたが、私は自動販売機に挟まれた碑から、小春・治兵衛の道行に思いを馳せました。

 ご紹介はまたの機会としますが、ここから東に進むと10分も歩かないところに曽根崎心中の露(お初)天神があります。

 お断り:写真は2003年4月に撮影しています。もし興味を持たれて行ってみようと思われたら、どうか最新情報を確認してからにして下さい。

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2008年7月13日 (日)

演劇:MODE・心中天網島

 出演    孫高宏    紙屋冶兵衛             
       山田美佳   小春(遊女)・さん(冶兵衛の妻)
       中田春介   粉屋孫右衛門            
       得丸伸二   身すがらの太兵衛(冶兵衛の恋敵) ほか

 構成・演出 松本修

 会場    笹塚ファクトリー
 鑑賞    2008年7月13日15時00分~17時00分(休憩10分)
 公演    2008年7月 4日~13日(東京公演終了)
       2008年7月18日~21日(大阪公演)

 

 舞台床に衝立でk囲って10m四方ぐらいの空間。衝立は要所に人が通れるほどの隙間があります。その中に、目見当で80ほどの客席がコの字形に配置され、その中央で俳優は演じます。

 進行するにつれて畳一枚大の縁台が三つ、組み合わされて使われます。遊郭の一室であったり、紙屋の店先だったり。

 主要な役の俳優はそれらしい衣装を着けています。しかし、脇役は私服(?)だったりします。特に違和感は感じませんでした。

 台詞は原文が尊重されていたと思います。多少遊びの部分はありましたけど。原文をそのまま用いるのは、ある意味賢明な方法ではないでしょうか。現代語訳してしまうと、言葉の面白さもなくなってしまうでしょうから。

 ただし、役者が韻文をうまく表現できていたか、私は何となく板についていないように思いました。普段の話し言葉ではないので仕方ないですね。古典芸能ではないのですから。

 山田美佳は二役、義理を欠いてはいけないと思う意思も固く、かつ繊細な二人の女を熱演。二人は同質な女でしょうか、多少疑問が湧きました。二役だから仕方ないかも知れません。

 孫高宏は随分とがっちりした冶兵衛で私のイメージとは多少離れていますが、揺れ動く気持ちがうまく伝わってきました。

 ところで、10m四方の空間で道行をどのように成り立たせるのか、そんな疑問を抱いていました。これは暗転している間に一辺の衝立を取り去り、その背後にあった普段なら観客席であろう階段状の空間を出現させることで解決しています。ここに多数のろうそくを灯し、道行きから死出の旅立ちの場となります。

 階段状の客席を利用するのは観客からも見やすく、なおかつ狭い空間を大きく感じさせる優れた演出だと思います。ただし、手に手を取り合ってたどたどしく進んでいるイメージは弱くなりましたけど。

 夜が明けて通勤・通学の人々が二人の姿を見つけ、携帯電話で写真を撮る人、見つめてから立ち去る人。ここで現代との接点が出来ました。

 多少、私なりのイメージからかけ離れた部分もありました。しかし、近松を限られた空間で演じ、テキストに沿ってなお古典でない舞台となりました。松本修・MODE、これからも注目です。次は「曽根崎心中」を希望しておきます。

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2008年7月10日 (木)

演劇:義経千本桜・川連法眼館

 出演   佐藤忠信/源九郎狐  海老蔵
      源義経        門之助
      川連法眼       寿 猿
      妻飛鳥        吉 弥
      駿河次郎       薪 車
      亀井六郎       猿 弥
      静御前        玉三郎

 会場   歌舞伎座
 鑑賞   2008年7月8日14時10分~15時15分(一幕見席)
 公演   2008年7月31日まで

 

 「市川海老蔵宙乗り狐六法相勤め申し候」と銘打ってあるとおり、見せ物的要素の強い演出で客の喝采を浴びます。意表を突くところから登場したり、早替り、そして宙乗りで戻っていく幕切れ。旬の海老様ですからたまりません。

 なんて言っていますが、歌舞伎座にでかけたのは初めてです。以前から出かけようと思っていたのですが行きそびれていました。用有で仕事を休み、昼過ぎにまだ間に合うと自宅近くの私鉄駅から東銀座まで40分。一幕見の最後の一人で入場しました。一時間強で1100円は、多少声が通らない嫌いはありますが、随分得した感じ。何より昼間見られるのが嬉しい。

 そのような訳で大した感想はまとまらないのですが、次のような思いは抱きました。

 義太夫・三味線にも興味はあったのですが、やはり脇役ですかね。ホームページで役者の名前は確認できますが、太夫・三味線遣いの名前は出ていません。高いプログラムを買えば判るかも知れませんけど、そんな気持ちはありません。
 文楽の大夫・三味線とは随分と異なる印象でした。たまたまなのか、大体こんなものなのか。

 これを機会に、歌舞伎へもこまめに出かけようと思っています。

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2008年7月 6日 (日)

路上観察:馬堀海岸から観音崎経由で浦賀(2008.7.5)

 横須賀京急沿線ウォーク第2回「七夕ウォーク」に参加しました。起点の京急馬堀海岸駅から観音崎を経由して浦賀の東叶神社までの10.5Km。東叶神社では七夕の短冊に願いを書いて笹に結び付けます。

 京急馬堀海岸駅→(30分)→走水水源地→(30分)→横須賀美術館→(35分)→東京湾海上交通センター→(20分)→自然博物館→(30分)→東叶神社→浦賀の渡し→西叶神社→(30分)→京急浦賀駅

 

Img_3402  京急馬堀海岸駅近くの公園で地図を頂いてから、海岸目指して直進します。約5分で海岸、東京湾が目の前に広がります。快晴とは言えませんがまずまずのハイキング日和、ただし陽射しは強く、歩き出すとすぐに汗が滴り落ちます。

 海岸沿いの遊歩道・自動車道を観音崎目指して歩きます。浅瀬では多くの人が何かを採っている光景が見られます。底を掻く道具を持つ方もおられるので貝類でしょうか。

 30分ほどで走水の水源地に着きます。ここは「ヴェルニーの水」とも言われ、横須賀水道発祥の水だそうです。道沿いにレンガ造りの建屋が見られ、公園に水のみ場が整備されています。

Img_3416 途中、走水神社に参拝しながら30分ほど歩くと横須賀美術館に到着します。この美術館は、海岸から連続するような実に開放的な空間の傍らに白を基調にした建屋があって、それだけで気持ちが和みます。弁当持参していなかったので、レストランで昼食。ハイキングにはあるまじき行為ですが、室外のテーブルで頂くパレットランチは大変美味でした。本日は鑑賞なし。

Img_3424  美術館の裏山、観音崎公園に進みます。公園は一帯の山の中に花の広場、海の子とりでなどの施設が散在します。
 そして、アジア・太平洋戦争中の砲台跡なども散在します。当時は決して立ち入ることの出来ない一帯でしょう。子どもさんが一緒ならば、平和であることの大切さを説明する絶好の機会になると思います。
 緑陰の山道を歩くこと30分で東京湾海上交通センター、そこから10分ほどで観音崎海岸まで下ります。既に海水浴、傍らでバーベキューを楽しむ方、海岸は賑わっています。

Img_3438  再び海岸沿いの道を進みます。小高い丘の上に日本初の洋式灯台である観音崎灯台が見えますが、本日は眺るだけで先に進みます。やがて自然博物館。観音崎灯台直下から10分ほど。

 この辺りから霧が流れるように山裾を這っていました。もちろん、海上の視界もきかず、行きかう船の霧笛が鳴り響いています。後で知ることになりますが、数件の海上交通事故があったようです。最新の装備をしてもなお人知の及ばない自然、心したいと思います。

Img_3450  暫く海外沿いの道を進みますが、やがて街中に入ります。小一時間で東叶神社に到着、七夕ウォーキングはここで終わります。



Img_3460  後は京急浦賀駅までは道なりに30分ほです。
 私は浦賀の渡しで対岸に渡り、西叶神社に参拝してから京急浦賀駅に向かいました。渡しは、待ち時間を入れて10分ほど、そこから京急浦賀駅までは30分ほどです。

 全コースに沿ってバスが走っています。疲れたらコース途中でバスを利用するのも良いでしょう。観音崎公園内以外は陽射しを遮る物が少ないので、帽子等日除けを考えてください。子ども連れならコースを短縮し、磯遊びなどに時間を割くのも楽しさが増すと思います。

 写真上から、馬堀海岸、横須賀美術館、観音崎公園内の砲台跡、観音崎灯台、東叶神社、浦賀の渡し。

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2008年7月 5日 (土)

読書:最近の読書から(2008年6月)

1.『舞台を観る眼』
    渡辺保著、角川学芸出版、1900円(税別)

2.『戦前の少年犯罪』
    菅賀江留朗著、築地書館、2100円(税別)

3.『オキナワ・ノート』
    大江健三郎著、岩波新書563、1900円(税別)

4.『ヒロシマ・ノート』
    大江健三郎著、岩波新書563、700円(税別)


1.『舞台を観る眼』

 「白州正子の思い出」「戯曲の深奥」「折口信夫という存在」が三本柱、その間を1990年代前半の舞台のエッセーで埋める。

 「白州・・」は、著者が親しく接して知りえた白州の人となりの一端を披瀝する。自分に厳しく、自分を余すところなくさらけ出したうえでの華麗な交流が存在したと知れる。昔、白州の著書を読んだこともあり、楽しく読んだ。

 「戯曲・・」では三島と万太郎に、「折口・・」では、民俗学者でなく劇評家としての折口に迫る。いずれも私には基盤がなく、そんなものかと思う。

 舞台エッセー中に、私も接した舞台がいくつか。似た印象を抱いたものもあるし、私には思い及ばない評もある。
 例えば、「一本の白樺」と題する「劇団MODE・松本修構成・演出・旅路の果て」のエッセー。清らかなものが心に深くしみ透るような、いい芝居を見たと書き出す。私も同じような思いを抱いた記憶がある。しかし、細部の分析は緻密でそういう見方もあるのだ、と触発された。

2.『戦前の少年犯罪』

 最近は凶悪な少年犯罪が増大しているとの社会の風評。それに対して、著者はそんなことはない、戦前の少年犯罪のほうが凶悪で遥かに不可解と主張。古い新聞・雑誌を読んでデータベースを作っている。「戦前は小学生が人を殺す時代」「戦前は小学生が人を殺す時代」・・・など、「戦前は」をキーワードに少年犯罪事例が充満する。

 事例の列記で戦前・戦後の多い少ないは判らないが、末尾に統計が添付される。

 読んでいる最中に「秋葉原連続殺傷事件」発生。マスメディアの取り上げ方は果たして適切であろうか。著者はそういう傾向に対峙するのだろう。そのような視点が判らなくもないが、そこに帰結させてしまって良いか。安易に多い少ないを先に持ち出したのはマスメディアと思うが。

 興味あれば著者の「少年犯罪データベース」を参照願う。

3.『オキナワ・ノート』

 沖縄に多くの課題が存在し、住民が多くの困難を抱えることは漠然と認識する。残念だが私はそのレベルである。

 この一冊は私の知識を多少増やしたが、逆に大きな問題提起をされてしまったように思う。本書は1970年1刷である。当然それ以降の経緯は記述されない。それ以前に、1970年に至るまでの経緯も、背景の複雑さと大江の文体の難しさでよくは判らかった。

 それは私の問題であって本書の存在意義を減少することはない。とにかく、沖縄をもっと身近に感じなければならないと強く認識した。遅ればせながら。

4.『ヒロシマ・ノート』

 若き大江が1960年台に広島を訪れ、多くの事実を知る。原水爆禁止という同一の目的を持ちながら分裂してしまう活動家たち。死産した奇形児を見たいという若い母親。核実験再開に抗議して割腹自殺を失敗し、抗議書も無視され、生き恥をさらしたと語る老人。

 そして語る。「真に広島の思想を体現する人々、決して絶望せず、しかも決して過度の希望を持たず、いかなる状況においても屈服しないで、日々の仕事をつづけている人々、僕がもっとも正統的な原爆後の日本人とみなす人々に連帯したいと考えるのである」と。

 「国を守る気概を持て」と言う為政者がいる。それは違うだろう。はっきり言えば「国民を守る為政者たれと」。そのような印象を抱いた。「オキナワ・ノート」よりは文体が平易で読みやすい。

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2008年7月 1日 (火)

路上観察:アジサイ(2008.6.27)

 六国見山から降りてくると今泉台団地に入りますが、そこで道に迷いました。急ぐわけでもないのでぶらぶら道を探していたら、傍らにアジサイが咲いていました。既に7月、今年のアジサイもそろそろ見納めですが、写真でお楽しみください。鎌倉にはアジサイが似合います。

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