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2008年6月 6日 (金)

読書:最近の読書から(2008年5月)(2)

4.『Google との闘い』
    J.N.ジャンヌネ著、佐々木勉著、岩波書店、1600円(税別)

5.『へんな子じゃないもん』
    ノーマ・フィールド著、大島かおり著、みすず書房、2400円(税別)

6.『地名の社会学』
    今尾恵介著、角川選書424、1500円(税別)


4.『Google との闘い』

 「Google の 闘い」でなく「Google との 闘い」。とするならば戦う相手は誰か。著者は商業主義だけでは十分でないとして政府の役割を重視する。フランス、ドイツあるいはEU。
 ことの発端は、Google が6年間で1500万冊の書籍、実に45億ページをディジタル化するということ、計画は変化しているけど。何が問題か。グーテンベルクの時代から人びとが編んだ書物は一億冊(西洋で印刷されたでけでも)、そのどれが選択されるのか。Google の検索結果は階層性があり、何ページの検索結果があろうと検索者はほとんど最初のページしか見ない。他も含めて、要は恣意的な操作が行われるのではないかと。
 圧倒的な力の前になす術はないが、果たして政府がそのことを解決するか。私はそれも半信半疑。情報化、どこに向かうのだろうか。

5.『へんな子じゃないもん』

 「へんな子じゃないもん。自慢の子だもん」。病床の祖母に「へんな子をお医者さんのところに連れていくのは、いやじゃなかった?」と訊ねたところ、長い沈黙のあとに返ってきた言葉。著者は米人の夫と日本人の妻の間に生まれた、当時の言葉で合いの子。団塊の世代に属し、現在(2006年時点)シカゴ大学教授。東京に里帰りし、祖母の看病の傍ら祖母・母・親戚・近所との関係あるいは自らの体験を、静かにしかし鋭く紡ぎ合わせたエッセイ。さりげない言葉の中に生きてきた過去の困難さとアイデンティティの不安定さがにじみ出る。
 酒田の土門拳記念館にて、土門自身の著書からとられた解説に著者はたじろぎを覚える。それは、民衆(people)を言い表すのに民族(The people)という言葉を選んだことに。民族の創出は、そこに属さない人びとを創出するのは必然、著者の出自がそのことを敏感に感じ取る。
 原題「FROM MY GRANDMATHER'S BEDSIDE」が邦題「へんな子じゃないもの」。誰が付けたか知らないが、多くの気持ちがその言葉に凝集する。訳者は著者の一回り上の世代、端正な訳文は著者の思いを充分に伝える。あとがきは著者の日本語原文。
 言葉にも敏感であらなければならないと思う。言葉も暴力に加担する。

6.『地名の社会学』

 地名は大切だ。少し知識を蓄えたい。本書は地名に関する二冊目、楽しく読めた。
 私の散歩圏内(2・3時間は平気で歩くが)に久保町がある。箱根駅伝二区の難所・権太坂の少し手前。久保は窪の好字。水がたまると流れ出ない純粋な窪地というより、丘陵地や台地が少し広くなった浅い谷というイメージ。両側に丘陵地があり、それが狭まり、やがて権太坂に至る。ぴたりと当てはまるではないか。
 平成の大合併、市町村名を決める苦労は想像できる。どのようにして決められるか。「合併市町村の文字を合成」「連称地名」「瑞祥地名」など。
 ところで私のブログに時々出る知多半島。その先端に位置する南知多町と美浜町の合併話の際、協議会は新市名を「南セントレア」とした。中部国際(セントレア)空港の南に位置するから。ところが住民の反対が相次ぎ、合併そのものが流れてしまった。普通の良識を持つ住民が見るに見かねて反対したことなのだろうと著者は言う。
 私もそう思う。東は三河湾に面して伊良子岬を望み、西は伊勢湾に面して対岸に鈴鹿山脈を望む美しい町である。とってつけた市名に我慢できなかったと思う。名前を決めるのは難しいが、以前の地名を尊重する気構えが欲しい。
 多くの方に一読をお勧めしたい。地名は宝とを確認するために。

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