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2008年5月14日 (水)

路上観察:下関から門司へ

 連休中の一日、北九州小倉に15時過ぎに着いたので仕事の谷間の小旅行を楽しみました。
 小倉から下関へ、大きく言えば九州から本州へ。JR電車で料金わずかに270円、所要時間20分弱。関門トンネルを通過するのに、料金は横浜・東京間より安くて軽い驚き。体験は貴重です。

 いざ下関、と言いながら知るところは赤間神宮、唐戸市場、巌流島程度。下関駅構内の地図で赤間神宮の位置を確認、一時間も歩けば到着するだろうと方向を定めて歩き始めます。

 最初に目にする町並みは、随分とモダンな感じでした。海峡メッセ(展望塔?)は以前に門司から眺めました。国際ターミナルに韓国行きフェリーボートが停泊していて大陸の近いことを実感。海峡館(水族館)は随分多くのお客さんが入場しているようでした。

Img_3072  さらに進むと旧英国領事館、古い港街であることが確認できます。唐戸市場、ふぐの市場として耳にしたことがあります。市場脇から門司行きの水上バスがあることを知り、帰路は水上バスに変更。何も知らないから関門トンネルを歩いて門司に行くつもりでしたが。


Img_3074  赤間神宮。壇ノ浦の源平合戦で平家一門とともに崩じた安徳天皇の冥福を祈る。崩じた時はわずか8歳。往時は阿弥陀寺と称し、明治8年に勅命で官幣中社、地名から社号を赤間宮と定める。昭和15年に官幣大社に昇格。この部分は受け売り。
 官幣中社を知り、神様も昇格することを知りました。

 水天門の写真が赤間神宮のイメージです。当日は年中行事の先帝祭の橋掛かりがありました。この門は特定の形式でしょうか。長崎の観光写真で見かけたような記憶がします。金沢にもあったような。あるいは思い違い?


Img_3078  境内に平家一門の塚があります。随分簡素です。刻まれている名前を読んでみたのですが、文字も薄れて判るものも判らないものもありました。

 唐突ですが、劇団SCOT「景清」が思い浮かびました。名前を探したのですが見つかりません。後で調べたところ、後列に景清塚があったようです。

 「一の谷の軍破れ 討たれし平家の公達あわれ」と、これは昔の小学唱歌でしょうか。私は習っていませんけど。神戸六甲山縦走路に一の谷の分岐案内がありましたし、須磨寺(明石)の記憶も浮かんできました。平家一門は、一の谷から讃岐国屋島 (現高松市)へ、そして壇の浦へと落ち延びることになります。
 歴史に学ぶなら、戦争の種は尽きないとの結論に至ります。何か悲しい現実です。


Img_3081  芳一堂もありました。耳なし芳一は赤間神宮(阿弥陀寺)に住む盲目の琵琶法師。小泉八雲の物語にあります。堂に掲げられている提灯に湯西川の文字。日光の奥、平家落人の里からの寄進、随分と遠く離れているけれど、時も経ているけれど、一門のつながりなのでしょうね。


 関門海峡を見ながら唐戸市場まで戻ります。夕食は唐戸市場内で思ったのですが、寿司屋に待つ人の多いこと。順番を待ってまで食べるつもりもないので素通り。

Img_3096  水上バスで関門海峡を横切って門司へ。海から関門橋を眺め、遠く和布刈神社を望み、海に沈んだ平家一門の哀れさを思います。高速船は潮に流されているかいないかわからないうちに、門司港に到着します。その間、わずか5分。

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