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2008年4月20日 (日)

路上観察:小倉・森鴎外旧居

 暫く前のことですが、鴎外旧居を訪れました。
 旧居は、小倉駅の南東、歩いて10分有余の所に位置します。夜になればネオン輝く鍛冶町の飲食店街の一角にあります。しかし旧宅の趣は周囲と異なります。そこだけ時間が止まっているようです。


1  欧外の小倉赴任は、1899(明治32年)6月から1902(明治35)年3月まで、その間の1年半ほどをこの旧居で過ごしたそうです。当時の職責は小倉第12師団軍医部長、ここから小倉城内にある師団まで往復していました。鴎外が庶民とは言えません。しかし、旧居は静謐な雰囲気を漂わせているものの豪邸と言えるほどのことはありません。庶民の生活に近かったのではないでしょうか。


2  石柱の門の左右は生垣、5mほどの石畳を通って玄関に導かれます。建屋の前・左・後ろに庭があることが、密集地に起居する私には何とも羨ましい限りです。



3  玄関を入ると三和土(たたき)になっていて、そのまま裏に通り抜けられます。裏に近い一角が水屋、井戸・流し・かまどは美しい機能美を示しています。現在に比べると家事が重労働であり、随分と手間隙のかかるものであったことが偲ばれます。精魂込めた大仕事だったのでしょう。今だって大仕事とは思いますが、随分と便利になっています。


 いきなり裏に進んでしまいましたが少し戻ります。玄関を入ると右手に居室が連なっています。襖で区切られた典型的な和風のつくり。私はここ一年の間に数回訪れていますが、その時その時で光の周り具合が異なります。「陰翳礼賛」の世界はこのような場所に暮らしていてこそ感得できるものではないかと思いました。


4_2  敷き詰められた畳も美しいし、襖も奥の床の間も美しい。美しい。何よりもそれらの連なって一体化した様子が、飾りらしいものは何も無いけど美しい。私たちの生活を現在の様式から当時の様式に戻すことは無理です。しかし、こういう雰囲気の下でこそ生まれる家族の交流というものもあったことでしょう。赴任後、前妻を亡くしてしばらくは独り身だったたようです。「鴎外著・独身」はこのころの様子を表しているのでしょうか。


5  部屋は、玄関から見て二列になっています。奥の部屋は長い廊下を介して裏庭に開かれています。自然と同居している感じでしょうか。廊下に座布団を敷いて日向ぼっこ、枕にして昼寝など、よほど贅沢な時間と思えます。


 こうしてみると、豪邸とは言えないかもしれませんが、庶民の生活とはかけ離れていたのでしょうね。前言を撤回します。

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