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2008年4月

2008年4月26日 (土)

路上観察:続・横浜市内にある幻の廃線跡

 昨年7月の「横浜市内にある幻の廃線跡」で、「JR社宅も、最近、全ての人が立ち退いたようで、人が入れないように周囲を囲んでしまいました」と書きました。

1  工事は大分進んでいますが、JR社宅を壊して更地にしています。その様子を見ると、社宅があった時よりさらに鮮明に線路跡であったことが判明します。写真は西に向いて写していますが、このまま延長すれば現在のJR横浜駅とJR保土ヶ谷駅の中間で接することになります。

 工事の注文主には名前の知れた建築会社が記載されています。一年も過ぎれば、恐らく高層住宅が出現していることでしょう。

2  少し離れた場所にある新幹線運転手さんのJR社宅、ここでは既に基礎を作っていました。10階建て4棟の高層住宅が出現するようです。ちらは敷地が短いので、線路跡の印象は薄いです。こ写真は東に向いて写していますが、このまま延長すれば旧JR高島貨物駅に接続しそうです。現JR横浜駅にはかなり急カーブする必要があります。

 工事現場の写真を撮っていたら警備の人が「何か」と。不審に思われたのでしょう。注意して路上観察する必要があります。

3  この付近は見事な桜並木になっていて、桜の盛りには近所の人が花見をしています。この写真は昨年4月撮影ですが、左側の桜の後ろにJR社宅が写っています。写真の西に向いて写しています。工事現場の写真とは逆向きです。桜は敷地外にあって残りそうです。

 往時の車窓から桜並木が見えたでしょうか、樹齢と会わないかな。先代の桜では?

 JR社宅が連なっていた記憶から廃線跡に結びつきました。新しくなった建物にJRの名前が残らなければ、そういうことに思い至ることもなくなるでしょう。

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2008年4月20日 (日)

美術:川村記念美術館・マティスとボナール

  会期   2008年3月15日(土)~5月25日(日)
  休館日  月曜日(4月28日、5月5日は開館)、5月7日(水)
  開館時間 9:30~17:30(入館は17:00)
  入場料金 一般1,500円、
  鑑賞日  2008年4月19日
  公式HP http://kawamura-museum.dic.co.jp/

1_2  横浜から千葉県佐倉は随分遠く思えます。全般的に、東京を通過して北や東に向かうのは特に遠く感じます。しかし、自動車を利用すると1時間半で多少のおつりがくる程度。増改築を終えた川村記念美術館へでかけました。企画展もさることながら、増築されたマーク・ロスコとバーネット・ニュウマンの常設展示を観ることが楽しみでした。


2_2  前半の常設展示場を抜けて長い廊下を突き当る少し手前、左側の一室がロスコ・ルーム。「シーグラム」7点が少し明るさを落とした部屋に展示されています。これらの作品だけを展示する7角形の展示室。人がすれ違える程度の出入り口が二箇所、その中間に1点、他の6点を残る空間に展示、360度、ロスコです。


3_2  中央の大きなイスに座り、位置を少しづつ変えながら順に、あるいは首を回して異なる作品を比較しながら鑑賞しました。褐色を基調にして明度・彩度を変えた四角あるいはそれを二つ連ねた帯が浮かびあがります。ロスコを観たことはあります。しかし、この空間で観るロスコは、今までのロスコとは大違いです。絵の意味するものが何だとか、そういう思いを抱く以前に、絵に包まれてしまう感じ。安住の地を得たロスコ、必見です。


4_3  階段を上って2階へ。ロスコ・ルームの真上がニュウマン・ルームです。この部屋は大判・小判の形です。正面に「アンナの光」。6mほどもあるキャンバスの左右に多少の白い部分を残し、あとは多少くすんだ赤で埋めれらています。


5_2  部屋の特徴は、左右の湾曲した部分が窓になっていること。当日は半透明のカーテンで窓が覆われ、どんよりした空模様でモノトーンになった周囲の景色が映し出されていました。絵との対比が強烈。四季折々、天候の変化、瞬間その瞬間で印象が変化することでしょう。安住の地を得たニュウマン、これまた必見です。


 抽象絵画は理解が進まない嫌いがあります。しかし、何を理解したら良いのでしょうか。常設と言う名の恒久展示は、自分さえ努力すればいつでも絵と対峙することが可能です。何回も観ているうちに、何か思うところもあるでしょう。あったらいいな、そんな気持ちを抱きます。


 このあと残る常設展示、「マティスとボナール」を観ました。
 「マティスとボナール」、随分と作品が多かったです。絵画の代表のようなものですから、多くを言うこともないでしょう。それと、ここまでに結構気力を使ってしまいました。全体的に作品が多く、最後まで気力を持続できませんでした。この美術館は何回か訪れていますが、こんなに展示が多かったかな。適当に跳ばして良いように思いました。


 この美術館は周囲の環境がとても素敵です。八重桜や黄梅も見頃。当日は「つつじ山」が一般公開されていて、普段は入れない場所を散歩できました。来週、連休中も一般公開があるようです。日程はHPで確認してください。

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路上観察:小倉・森鴎外旧居

 暫く前のことですが、鴎外旧居を訪れました。
 旧居は、小倉駅の南東、歩いて10分有余の所に位置します。夜になればネオン輝く鍛冶町の飲食店街の一角にあります。しかし旧宅の趣は周囲と異なります。そこだけ時間が止まっているようです。


1  欧外の小倉赴任は、1899(明治32年)6月から1902(明治35)年3月まで、その間の1年半ほどをこの旧居で過ごしたそうです。当時の職責は小倉第12師団軍医部長、ここから小倉城内にある師団まで往復していました。鴎外が庶民とは言えません。しかし、旧居は静謐な雰囲気を漂わせているものの豪邸と言えるほどのことはありません。庶民の生活に近かったのではないでしょうか。


2  石柱の門の左右は生垣、5mほどの石畳を通って玄関に導かれます。建屋の前・左・後ろに庭があることが、密集地に起居する私には何とも羨ましい限りです。



3  玄関を入ると三和土(たたき)になっていて、そのまま裏に通り抜けられます。裏に近い一角が水屋、井戸・流し・かまどは美しい機能美を示しています。現在に比べると家事が重労働であり、随分と手間隙のかかるものであったことが偲ばれます。精魂込めた大仕事だったのでしょう。今だって大仕事とは思いますが、随分と便利になっています。


 いきなり裏に進んでしまいましたが少し戻ります。玄関を入ると右手に居室が連なっています。襖で区切られた典型的な和風のつくり。私はここ一年の間に数回訪れていますが、その時その時で光の周り具合が異なります。「陰翳礼賛」の世界はこのような場所に暮らしていてこそ感得できるものではないかと思いました。


4_2  敷き詰められた畳も美しいし、襖も奥の床の間も美しい。美しい。何よりもそれらの連なって一体化した様子が、飾りらしいものは何も無いけど美しい。私たちの生活を現在の様式から当時の様式に戻すことは無理です。しかし、こういう雰囲気の下でこそ生まれる家族の交流というものもあったことでしょう。赴任後、前妻を亡くしてしばらくは独り身だったたようです。「鴎外著・独身」はこのころの様子を表しているのでしょうか。


5  部屋は、玄関から見て二列になっています。奥の部屋は長い廊下を介して裏庭に開かれています。自然と同居している感じでしょうか。廊下に座布団を敷いて日向ぼっこ、枕にして昼寝など、よほど贅沢な時間と思えます。


 こうしてみると、豪邸とは言えないかもしれませんが、庶民の生活とはかけ離れていたのでしょうね。前言を撤回します。

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2008年4月13日 (日)

路上観察:広島・原爆ドーム

1  「市電原爆ドーム前駅」を下車すると、並木に遮られるようにして原爆ドームが確認できました。報道写真やTVニュースなどでその姿は認識していました。しかし、周囲の環境などはまったく知りませんでした。急に目の前に現れたことに多少の驚きを覚えました。


2  市電通りを進行方向(広島駅から遠ざかる)に少し進むと相生橋。この橋の下で太田川(多分、記憶に残る名前)は本川と元安川に分かれます。二つの川に挟まれた一帯が平和記念公園になります。この位置から元安川下流を眺めると左岸間近に原爆ドームが見えます。天気が良かったせいもありますが、随分と明るい雰囲気です。


34  原爆ドームの姿は認識していても、考えてみれば被爆前の姿を承知していません。原爆ドームの対岸の案内板に昔の写真が掲載されていました。これが一瞬のうちに、今の姿になってしまったのだそうです。上部のドームは銅葺でしたので、熱で溶けて鉄骨だけが残ったそうです。窓が多 かったりしたこともあって、爆風が抜けたことで建物は全壊をまぬがれたとのこと。在りし日の姿と比べてみて下さい。


5  平和記念公園を散策。供養塔、慰霊碑の前で合掌。多くの人が祈りを捧げていました。TVニュースなどで原爆慰霊碑は認識しています。その形状は埴輪の家を模しているそうです。その前に立つと視線の先に原爆ドームが望める位置関係になっていました。


 原爆資料館は涙なしに観られないと思っていました。しかし、目頭は熱くなりましたが落涙までには至りません。展示はかなり抑制された表現になっているようです。本などから得た知識よりはやわらかな表現になっているようです。それでも原爆の悲惨さは伝わってきますし、戦争の悲惨さも。多くの外人さんもいましたが、私と前後して熱心に見入っている南米系と思える青年の姿が印象的でした。

 「三度許すまじ原爆を」「全ての人びとに平和な生活を」、そう思いながら帰路につきました。

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2008年4月 8日 (火)

路上観察:八菅神社付近の春

Img_2950  神奈川県の中央部を南北に流れる相模川、その支流の中津川。その中津川右岸から西に少し歩いたところに八菅神社があります。大まかには厚木市の北北西約10Km、住所は神奈川県愛甲郡愛川町八菅山。里山の東面に位置しますが、西面には中津川カントリークラブがあります。



Img_2951  八菅神社は、明治維新までは神仏混淆の信仰に支えられてきた聖地だったそうです。神社裏の小高い山を歩くと旧跡があって、かっての栄華をしのべます。また、「八菅山いこいの森」として整備されていて、家族連れでも楽しく過ごせます。



Img_2952  さて、八菅神社の詳細は別の機会にすることとして、4月6日、付近で見かけた美しい花をご紹介します。さすがに桜の盛りは過ぎていましたが。




Img_2955  写真は、上から八重のしだれ桜、白木蓮、紅白の八重桜?、裏山の展望台から(手前が愛川町、遠く横浜方面)、何の花が咲く?



Img_2959

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2008年4月 6日 (日)

路上観察:広島・平和祈念公園の桜

Img_2930_4  横浜では桜の盛りも過ぎたようです。しかし、車窓から見た北九州市の桜は見頃、京都桂川土手の桜も見頃のようでした。西日本方面は横浜より1週間ほど桜の盛りが遅いようです。



Img_2931_3  4月5日、広島平和祈念公園を訪れました。一度は訪れようと思っていましたが、突然実現しました。多くの人びとが集っていました。花見の席取りも、隙間なしに貼られていました。平和な世界というか、ごく日常の光景でした。


Img_2943_2 当然と言えば当然かもしれませんが、私の思いとは違っていました。感想なりは追って。

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演劇:チェルフィッチュ「フリータイム」

 作・演出    岡田利規 
 出演      山縣太一、山崎ルキノ、足立智充、
         安藤真理、伊東沙保、南波圭

 会場      北九州芸術劇場小ホール(全自由席、入りは約200席の9分程度)
 鑑賞      2008年4月4日19時00分~20時20分(休憩10分)
 公演      2008年4月5日まで(終了)

 ホール中央にほぼ左右一杯の舞台。そこには、イスとテーブルのセットがいくつか。ただし、床上4・50Cmまで砂で埋め尽くしたと想像して下さい、上部のみが見えます。丸棒を半円形に曲げたイスの背が、何か植物を思わせて美しい。客席は舞台を挟むように設置されています。舞台を挟んで向こう側にも客席があります。

 評判を耳にしてチェルフィッチュを初めて観ました。しかし、少なくとも私との相性は良くありませんでした。拍手する気にもならなかった。

 場面はファミリーレストラン、出勤前の30分間をフリータイムと思う女性客と女性店員、その様子を観察するでもなく観察する男性客2人。役者は6人。どこかで重複がおきています。フリータイムを1時間にしたら、1時間半にしたら。

 この内容で70分ほどの話が構成されます。殆どモノローグ、それが移動していく。発声は現代口語演劇の流れ、言葉は断片化して直ちに言い直すような現代若者言葉。舞台配置上、後ろ向きの発話も多く、よって私には言葉が良く聞き取れません。演技ともいえませんが、動作が言葉を補完するでもなし。部分的に軽い笑いも沸き起こるのですが、私には理解不能。

 言葉が重きをなすのでこのような状況は致命的。途中からマイク使用、良く聞こるようになりますが、その頃には既に私の意気消沈。観客の一人として存在することに疑問を感じました。どのような状況に置いても若い人たちの斬新な試みを否定する気はさらさらありません。しかし、そこに観客の存在する意義は確保して貰いたい。

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2008年4月 3日 (木)

読書:最近の読書から(2008年3月)

1.『満州事変から日中戦争』
    加藤陽子著、岩波新書1046、780円(税別)

2.『夜は暗くていけないか -- 暗さの文化論』
    乾正雄著、朝日選書600、1300円(税別)

3.『陰翳礼讃』
    谷崎潤一郎著、中公文庫、476円(税別)

4.『海辺のカフカ・上巻』
    村上春樹著・新潮社、705円(税別)
5.『海辺のカフカ・下巻』
    村上春樹著・新潮社、743円(税別)

6.『歌仙の愉しみ』
    大岡信・岡野弘彦・丸谷才一著、岩波新書1121、780円(税別)



1.『満州事変から日中戦争』

 「満州事変は、①相手国の指導者の不在を衝いて起こされたこと、②本来は政治干与を禁止された軍人によって主導されたこと、③国際法との抵触を自覚しつつ、しかし国際法違反であるとの非難を避けるように計画されたこと、④地域概念としての満蒙の意味する内容をたえず膨張させていったこと、この四点においてきわだった特質をもっていたと思われる。」
 三十年近く前、中国西安での仕事を終えようとする時、通訳を誘って観光兼食事に出かけました。意識したかしないかは不明ですが、最後に八路軍西安弁事処記念館に案内されました。私は発する言葉の持ち合わせがありませんでした。恥ずかしい気持ちもありました。しかし、何もしないままに今に至りました。最近、多少の知識を持ち合わる必要を感じます。いざというときにしっかり判断するために。その第一歩。シリーズ日本近現代史・全十巻の5巻目。文章は多分に硬質と感じました。このような表現しか有り得ないかも知れない、とも思うのですが。
 軍隊は国の一部を守る、しかし多くを守らない、私の仮説です。守られるものと守られないもの、それが何であるか、追求したい。

2.『夜は暗くていけないか -- 暗さの文化論』

 「ブリューゲル・雪中の狩人たち」の絵を引き合いに、ヨーロッパの冬空の暗さに言及します。そして、高度成長以来の日本がこうも明るくなった理由の一半は、暗さを理解することなく出発した文明開化に求められるのではないかと言います。
 取り上げられた話題は多方面にわたります。「Ⅰ 暗さのもたらすもの」では谷崎・陰翳礼賛を再読。「Ⅱ 暗さをたずねて」では東京・ロンドンの気候の比較や建築、教会の光と陰に迫ります。「Ⅲ 現代に暗さをつくる」では明るさでなく、暗さを基準に照明を考えます。
 暗さに焦点をあてた文化論。科学と文化の間への架橋。本当に楽しく読みました。第1刷は10年前、直後に「NHK FM 日曜喫茶室」でも取り上げられて興味を抱いていました。ふとしたきっかけで遅ればせながら読了。名著です。早く読めば良かった。

3.『陰翳礼讃』

 前掲書をきっかけにして再読。「能に付き纏うそう云う暗さと、そこから生じる楽しさとは、今日でこそ舞台の上でしか見られない特殊な陰翳の世界であるが、昔はあれがさほど実生活とかけ離れたものではなかったであろう。」との指摘。谷崎の観た能舞台と今観る能舞台は同じだろうか。現代は明るくなりすぎて、かえって見えなくなったものが多くあるように思います。例えば、20年前に富山県利賀村でみた降らんばかりの星空、今は都会の空と変わりありません。夢も遠ざかったように思います。

4.『海辺のカフカ・上巻』
5.『海辺のカフカ・下巻』

 上・下巻で1000ページに及ぶ長編小説、しかし苦もなく読めました。村上の文体は判りやすい。しかし、そのことが内容の判りやすさを示すものではありません。
 物語は、僕(田村カフカ)とナカタさん、各々を中心にした二重構造で展開します。「僕」は、父親に与えられた「呪い」を逃れる為に家を出ます。二人はある所にたどり着きます。そして、ある人物を媒介に限りなく接近します。しかし、交錯することはありません。
 さまざまな解釈が成立しそうです。私はいまだ解釈を試みていません。とりあえず問題提起を頂いた、なかなか手ごわい問題提起ではありますが。
 カフカはF・カフカに結びつきます。「城」の迷宮的な世界を、「失踪者」の漂流者の世界などが、香り付けとして浮かび上がります。「オイディプス王」「いざなぎ・いざなみ」も底流に感じられます。
 興味惹く人物。高松の甲村記念図書館の司書、大島さん。甲村記念図書館の管理を任されている女性、佐伯さん。「僕」が夜行バスの中で出会った女性、さくらさん。
 甲村記念図書館、実在ではないそうです。が、そのような世界に身を置いてみたい、そう思いました。

6.『歌仙の愉しみ』

    だいじに摘んだ萌ゆる早蕨  信
   西行のえにしの寺の夢しだれ  乙
    大和へゆくと切符買う春   玩

 「歌仙・鞍馬天狗の巻」の挙がり三句。切り詰めた語句の中に、早春から仲春に向かう鮮やかな風景が目の前に広がります。「石ばしる垂水の上のさ蕨の 萌え出づる春になりにけるかも 志貴皇子」「願はくは花の下にて春死なむ そのきさらぎの望月のころ 西行」も思い出されます。言葉を楽しむ最たるものが連句、そのように確信しています。
 2000年9月から2008年1月の間に巻かれた歌仙8巻、言葉のプロたちが言葉を楽しむなごやかな雰囲気が伝わってきます。言葉は大切に。細かいことにこだわらず(実は良く判っていない)に楽しく読みました。
 ところで引用の挙がり三句。大和(飛鳥)から近つ飛鳥へ、そして大和(飛鳥)に戻っているように感じるのは気のせいでしょうか。直接言葉に出ないから良いのか。そのような疑問はなかなか解決しません。

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2008年4月 1日 (火)

路上観察:大岡川の桜

Img_2869  大岡川は、横浜南部の円海山を源流とし、みなとみらい21地区に河口に注ぐ、距離にして15Km ほどの小さな川です。その下流、地名で言えば京浜急行弘明寺付近から伊勢佐木町辺りまでのおよそ4・5Kmは、左岸、右岸あるいは両岸に見事な桜並木が続きます。



Img_2871  横浜市シティーウォークの一部コースはこの川に沿って設けられています。シティーウォークは何回か参加したので、立派な桜並木が続いていることは知っていました。ただし、秋の開催ですから、花の盛りは知る由もありませんでした。



Img_2872  先日、用足しのついでに弘明寺からのんびりと一時間ほど川を下るようにして散歩しました。桜の名所とは知っていましたが、こんなにも見事な桜だったのかと思いを新たにしました。多くの出店も出ていて大層にぎやかでした。街中を流れる川ですから、周囲に多くのスペースがあるわけではありませんが、猫の額ほどのスペースで花見を敢行している人たちもいました。


Img_2875  桜はこうも多くの人をひきつけるのか、花といえば桜をさすのもむべなるかな。曇り空のためスカッとした写真にならないのが残念。

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