« 路上観察:横浜散歩・たまにはカクテル | トップページ | 路上観察:横浜散歩・根岸競馬場跡(続) »

2008年3月15日 (土)

路上観察:横浜散歩・根岸競馬場跡

 横浜に国内初の足跡を残し、その後日本全国に広まっった海外からの文化はいくつもあります。”近代水道発祥の地”、”ガス灯発祥の地”などは私の自宅からそう遠くありません。

 ”近代競馬発祥の地”も横浜にあります。ここは自宅付近からバスで30分ほどかかりますが。いまは、根岸森林公園に生まれ変わっています。経緯は次のようです。

 「1866年、日本初の洋式競馬場として作られた横濱競馬場がこの公園の基礎となっている。戦前には現在の天皇賞や皐月賞が行われるなど、日本の洋式競馬の黎明期を代表する競馬場だったが、太平洋戦争が激化した1942年に競馬の開催を中止。翌年には日本海軍により接収される。敗戦後の1945年9月、他の軍事施設と同様にアメリカ軍により接収される。接収中、馬場内エリアは米軍専用のゴルフ場となっており、現在の芝生はその名残でもある。1969年に接収が解除され、横浜市による整備の上、1977年10月に根岸森林公園として開放された。出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』」

 

4  公園の片隅に競馬場の建屋の一部が残っています。見方によっては廃墟。しかし、塔屋の部分の窓飾りなどを見ても随分とモダンな建築物だったと思われます。かっての晴れ姿が想像できます。周囲は柵で囲んであって中に入ることはできません。老朽化も進んでいるようで中に入るのも危険だと思います。

 

1   当時、恐らく正面は西側、現在の公園正面(バス通り側)とは正反対だったと思います。競馬場は丘陵の小高いところにありますが、正面は丘陵と丘陵の間の低い部分です。そこから建物上部が見えて、多くの競馬ファンは胸躍らせたことでしょう。

 

2  坂を上るに従って建物が大きく見えてきます。

 


3  正面右手に回ると、多くの人で埋まったであろう観客席の片鱗を感じ取れます。もとは、この立ち位置にも観客席があったようです。

 

5 規模は小さくなりましたがアメリカ軍住宅はまだ残ります。公園をアルファベットのU字型に例えると、Uの中央の空白部分から住宅エリアが延びていきます。Uの底のほうから見ると、住宅エリアの裏門と競馬場の建屋が望めます。そこは小さなアメリカで、競馬場の観客席を見たいと思いますが住宅エリアに入ることはできません。

 

6  大きく振り返ると港未来21地区が遠望できます。根岸競馬場跡のおおよその位置関係が判るでしょう。

 

 先に”梅を見に行きませんか”とお誘いしました。森林公園には桜の木も多いようですから、暫くしたら”お花見”がてら出かけてみませんか。

| |

« 路上観察:横浜散歩・たまにはカクテル | トップページ | 路上観察:横浜散歩・根岸競馬場跡(続) »

コメント

森林公園は子供が小さい頃に行ってましたが、広々として快適ですよね。
ここしばらく横浜とご無沙汰しているので、暖かくなったら海を見に出かけるつもりです。

投稿: strauss | 2008年3月15日 (土) 22時55分

  何もないに等しい公園ですよね。子どもが斜面を転がったり、大
人がジョギングしていたり。梅ももう終わりでした。今度はお花見
です。最近、バス一本で行かれることを覚えて行動範囲が広がりま
した。周辺、地蔵王廟(南京墓地)などにも足を向けようと思って
います。

投稿: F3 | 2008年3月16日 (日) 01時42分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 路上観察:横浜散歩・根岸競馬場跡:

« 路上観察:横浜散歩・たまにはカクテル | トップページ | 路上観察:横浜散歩・根岸競馬場跡(続) »