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2008年3月

2008年3月30日 (日)

舞踊:フルムーン

 演出・振付   ピナ・バウシュ 
 美術      ペーター・パプスト
 衣装      マリオン・スィートー
 出演      ピナ・バウシュ ヴッパタール舞踊団

 会場      新宿文化センター大ホール(1階23列49番)
 鑑賞      2008年3月29日14時00分~16時30分(休憩20分)
 公演      2008年3月30日まで(新宿文化センター)
         2008年4月 2日    (びわ湖ホール)

 フィナーレ(明確な区切りがあるわけではありませんが)、10人ほどのダンサーが交互にソロを取ります。目一杯に動く身体各部。選ばれた人間が訓練すると、ここまで動きは鋭くなるものだと感動を覚えます。

 それだけではありません。上空から降り注ぐカーテン状の水。舞台奥、左右一杯に延びるプール状の水たまり(10Cmほどの深さと思われます) 。その中で踊るから、ダンサーの動きを増幅するように水が飛び散り、動きに抗うように水がはねます。女性ダンサーの長い髪の毛が弧を描き、それにつれて水の弧ができます。水の膜、しぶきが舞台後方からの照明に浮かび上がります。ダンサーの動きと相俟って息を呑む美しさ。

 ダンサーと水の競演、そこにテーマが潜んでいるようです。冒頭、二人の男性ダンサーが、大型の空のペットボトルをブランコのように、10数回大きく振ります。”ボッ”という音。それがテーマを暗示するようです。

 舞台上手に大きな岩。その下部はトンネル状になっていて水たまりを覆っています。男性ダンサーは前ボタンのシャツに替えズボン。女性ダンサーは足首まで裾のある単色のドレス。特に目を引く要素はありません。

 進行を追うのは困難です。断片をつなげれば、岩の上から滑り降りたり、プールを縦列になって泳いだり、男性にたたかれた女性があやまったり、女性が髪の毛に火をつけようとするのを消し止めたり、コップに高い位置からこぼるように水を注いだり。もちろん、要所要所で水と戯れます。動作は繰り返され、間を置いて反復されることも多く、印象に残ります。

 ダンサーの人種・国籍は多様、体型も様々。本水を使うことを除けば特筆することもないような舞台。そこから生み出される感動は何なのでしょう。ピナ・バウシュの舞台は、ピナ・バウシュ以外の舞台からは得られない、独特の感動を心の奥に植えつけてくれます。
 強いて言えば、二部構成の2時間10分を少し長く感じました。

 東京公演は本日(3月30日)のみ、当日券もありそうです(29日は残席あり)。たまにはダンス鑑賞などいかがでしょうか。オペラグラスがあれば是非持参を。私はフィナーレの間、オペラグラスを放しませんでした。

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2008年3月25日 (火)

音楽:R.シュトラウス・歌劇「ばらの騎士」

  指揮      沼尻竜典
  演出      アンデレアス・ホスキス

  元帥夫人    岡棒久美子 
  オックス男爵  マスクス・ホロップ
  オクタヴィアン 加納悦子
  ゾフィー    幸田浩子 ほか

  合唱      びわ湖ホール声楽アンサンブル
          二期会合唱団
  児童合唱    赤い靴ジュニアコーラス
  管弦楽     神奈川フィルハーモニー管弦楽団

  会場      神奈川県民ホール大ホール(3階6列13番)
  公演      2008年3月22・23日
  鑑賞      2008年3月23日13時~17時20分(休憩25分×2回)

 第1幕。元帥夫人とオクタヴィアンの後朝、そこに従兄のオックス男爵が訪れる。あわてる二人。没落貴族の男爵は富裕な商人・ファニナルの一人娘と婚約したので、使者となる「ばらの騎士」を紹介して欲しいと言う。夫人は従弟のロフラーノ伯爵(実はオクタヴィアン)を薦める。一段落して、夫人は自分も年をとり、いずれオクタヴィアンは去っていくと言う。

 第2幕。ファニナル家の客間。「ばらの騎士」と男爵が訪れる日、婚約者・ゾフィーは落ち着かない。やがてオクタヴィアンが到着、銀のばらを受け取る。が、一瞬で二人の胸に恋心が沸き上がる。
 祝いの場で男爵の横暴な行動に、ゾフィーは結婚しないと言う。しかし、男爵は彼女を連れだそうとし、怒ったオクタヴィアンは剣で男爵の肘を突くが、騒ぎを詫びて退場。ゾフィーは父親に結婚取りやめを懇願するが聞き入れられない。一方、男爵はマリアンデルから逢引の手紙を受け取る。オクタヴィアンの策略とも知らずに。

 第3幕。第2幕と同日夕刻。男爵は追い詰められる。そこに元帥夫人が現れ、オクタヴィアンにマリアンデルの扮装を解くように言う。男爵は驚くも状況を悟る。同時に、オクタヴィアンが元帥夫人の寝室にいた事情も察する。ゾフィーも二人の関係に気付いて呆然とする。元帥夫人は、先日予期した時が早くもきたことを悲しむが、祝福してオクタヴィアンをゾフィーの元に行かせる。

 「バラの騎士」に行くのに私の頭の中では「乾杯の歌」が響いていました。会場に、「バラの騎士」と「椿姫」のポスターが並び貼られているのを見て、そうだ、今日は「バラの騎士」だと思いなおしました。ぼけた私。

 全体的に淡々と進んだとの印象でした。強く記憶に残る歌もなく、印象的な合唱もなく、そうかといって悪いところがあるわけでなし。気持ちも強くのめりこむことも無く、しらけることもない。教科書のような感じでした。ネガティブな感じはありませんが、まあ私の感想です。

 舞台・衣装・かつらは、ベルリン・コーミッシェ・オーパーのプロダクションによるとのこと。
 衣装・かつらはともかく、舞台のつくりは観客にとって大きな影響がありました。舞台に大きなサイコロ状の空間があり、客席側の一面は開口しています(当たり前)。大きさは舞台間口の半分程度、その周囲は黒幕で塞がれています。客席はそのままに舞台を半分にしようなものですから、1階前方左右客席からは見えない部分が多かったと思います。私は安価な後方席でしたから何の支障もありませんでしたけど。白と黒を貴重にした舞台は美しいと思いましたが、県民ホールでは問題ありかなと思いました。

 第1幕・第2幕はマリア・テレジア統治下の架空のウィーンを彷彿させる舞台・衣装。第3幕は現代風な舞台に変わり、例えば円形の窓や出入り口に変わり、随分とモダンな作りに変わります。衣装は役者によっては現代風であったり。混沌していることで、物語の時代性が不明になりました。いつでも、どこでもあることだと言うように。

 第2幕の途中、混乱の場面でサイコロの左側が持ち上がりました。床を傾けることで不安定な状況を感じさせます。第3幕ではサイコロの右側が持ち上がっていました。制約下で実現する舞台もなかなか興味深い。サイコロにした理由がここで判ります。

 言ってもしょうがないのですけど、オクタヴィアンは男装の麗人であって欲しかった。加納悦子は女性らしい女性に見えてしまう。オックス男爵と身長差が40Cmほどあると見ました。戦っても勝てないだろうと思えてしまうから、少し興ざめです。本当に、言ってもしょうがないのですけど。

 昔、雑誌で読んだ「B・ファスベンダーのオクタヴィアンか、オクタヴィアンのB・ファスベンダーか」って、どのような感じだったのでしょうか。DVDで観てみようかな。

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2008年3月23日 (日)

路上観察:伊豆の長八美術館

 先日、西伊豆・土肥を目的地として家族小旅行をしました。伊豆方面への旅行は久しぶりです。町並みも随分と変わっているのでしょう。しかし、横浜辺りと比べるとゆっくり変化しているように思えました。

 横浜から沼津経由で、ひとまず土肥を通り過ぎて松崎まで足を延ばしました。一度は訪れようと思っていた長八美術館が目当てです。

1  漆喰なんて言っても若い方はしっくい(り)しないでしょう。在来工法による和風家屋の壁の仕上げなどに用いられていましたが、今は見かけることも殆どありません。調べたこともありませんが、高価な工法になっていると思えます。長八美術館は漆喰による芸術的表現を目指した長八の業績を展 示する美術館なのです。長八とは、幕末から明治にかけて活躍した、当地出身の入江長八のことです。

2 見終えてからの感想です。彫刻(彫塑と言うほうがが適当か)と見れば立体感に欠けます。絵画と見ればもう少し描きこんでも良いかと思います。でも、それは現代の視点で見るからでしょう。明治時代において、この表現は画期的なものだったと思います。

 別の視点。美術館に収まってしまった時点で、その表現は随分と後退してしまうのでしょう。やはり、建物のあるべきところに収まっていてこそ真価が発揮されると思いました。でも、作品保護のためには致し方ない。

 長八美術館は建物自体も見るべきものがあるようです。それは全国から腕自慢の左官工が集まって技術の粋を尽くしたようです。私には観る目がないのでわかりませんでしたけど。機会あればもう一度訪れて、じっくりと見てみたい。

3  長八美術館を出てから松崎の町を少し散策。中瀬邸、ときわ大橋、近藤邸、なまこ壁通り。明治の雰囲気が感じられます。酒屋さんの裏側の窓に現代が。




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2008年3月21日 (金)

随想:北九州・ここでもカクテル

 名古屋から北九州に移動、駅弁もいささか辟易でパンを夕飯用に購入して東海道・山陽新幹線に乗車。三つ食べたせいか否かは不明ですが、何か電車酔いの様相。そのままの状態で北九州のホテルに到着。

 本日は祝日ですけどなぜかお仕事。まあ、働いている人は大勢いるわけで身の不運を嘆いてはいけません。館内の大風呂に浸かってからしばし休憩。その後で最上階のバーへ。寝る前の一時をささやかなリフレッシュタイムに。

 まずは「マティーニ」。タンカレー・ジンをベースにしてきりりとした仕上がり。夜景を眺めながらちびりちびりと。カクテルにちびりちびりの形容は適切ではありませんが。飲み終える頃には気分もすっきり。ひょっとしてパンがもたれていただけかも知れません。

 眼下に灯の消えたスペースワールドが。
 そこで二杯目は「スペースワールド」を特注。隣にいたお客さんが色は青と指定。バーテンさんは長考してから、ゴードンジンにブルーキュラーソーと何かを加えてシェイク。ジンジャエールを1/3注いだふっくらしたカクテルグラスの中に注ぎました。やわらかな口当たり。「マティーニ」の後では刺激が弱いですけど。逆なら良かったかも知れません。

 「随想:Stir,No shake」で書いた雰囲気はそのまま持続。小高いところに位置して、町を鳥瞰していることもそのように感じさせる大きな要因かも知れません。あるいは物を作っているんだ、という意識を強く感じるせいでしょうか。重要なことは実体のあること。それにしても金融不安定は何とかならないのでしょうか。内閣・国会も何をしているのだ~~。酔ってはいませんよ。

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2008年3月18日 (火)

路上観察:横浜散歩・根岸競馬場跡(続)

 根岸競馬場跡周囲の広場の一角に、ありし日の姿を刻んだプレートが設置されています。写真と図面で構成されていて全部で八面あります。プレート部分だけを整理しました。往時の姿に思いを馳せてください。


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 著作権侵害は無いものと判断しました。異議があれば指摘願います。掲載を考慮します。

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2008年3月15日 (土)

路上観察:横浜散歩・根岸競馬場跡

 横浜に国内初の足跡を残し、その後日本全国に広まっった海外からの文化はいくつもあります。”近代水道発祥の地”、”ガス灯発祥の地”などは私の自宅からそう遠くありません。

 ”近代競馬発祥の地”も横浜にあります。ここは自宅付近からバスで30分ほどかかりますが。いまは、根岸森林公園に生まれ変わっています。経緯は次のようです。

 「1866年、日本初の洋式競馬場として作られた横濱競馬場がこの公園の基礎となっている。戦前には現在の天皇賞や皐月賞が行われるなど、日本の洋式競馬の黎明期を代表する競馬場だったが、太平洋戦争が激化した1942年に競馬の開催を中止。翌年には日本海軍により接収される。敗戦後の1945年9月、他の軍事施設と同様にアメリカ軍により接収される。接収中、馬場内エリアは米軍専用のゴルフ場となっており、現在の芝生はその名残でもある。1969年に接収が解除され、横浜市による整備の上、1977年10月に根岸森林公園として開放された。出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』」

 

4  公園の片隅に競馬場の建屋の一部が残っています。見方によっては廃墟。しかし、塔屋の部分の窓飾りなどを見ても随分とモダンな建築物だったと思われます。かっての晴れ姿が想像できます。周囲は柵で囲んであって中に入ることはできません。老朽化も進んでいるようで中に入るのも危険だと思います。

 

1   当時、恐らく正面は西側、現在の公園正面(バス通り側)とは正反対だったと思います。競馬場は丘陵の小高いところにありますが、正面は丘陵と丘陵の間の低い部分です。そこから建物上部が見えて、多くの競馬ファンは胸躍らせたことでしょう。

 

2  坂を上るに従って建物が大きく見えてきます。

 


3  正面右手に回ると、多くの人で埋まったであろう観客席の片鱗を感じ取れます。もとは、この立ち位置にも観客席があったようです。

 

5 規模は小さくなりましたがアメリカ軍住宅はまだ残ります。公園をアルファベットのU字型に例えると、Uの中央の空白部分から住宅エリアが延びていきます。Uの底のほうから見ると、住宅エリアの裏門と競馬場の建屋が望めます。そこは小さなアメリカで、競馬場の観客席を見たいと思いますが住宅エリアに入ることはできません。

 

6  大きく振り返ると港未来21地区が遠望できます。根岸競馬場跡のおおよその位置関係が判るでしょう。

 

 先に”梅を見に行きませんか”とお誘いしました。森林公園には桜の木も多いようですから、暫くしたら”お花見”がてら出かけてみませんか。

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2008年3月11日 (火)

路上観察:横浜散歩・たまにはカクテル

 中華街は横浜の代表的な観光名所。昼間は食事だったり散歩だったり良く来ています。しかし、夜の中華街は久しく遠ざかっていました。久しくとは10年以上になりますか。

Zenrin  数日前、少し疲れ気味でしたが気分転換を兼ねて善隣門の前に立っていました。週末にも関わらず人出はそう多くありません。最近はこんなものなのでしょうか。当日の目的は中華料理でなく、付近のバーでお酒でも楽しもうかと。中華街から山下町あるいは関内周辺にはしゃれたバーがいくつもあります。


Wj1  一軒目は“Windjammer”。善隣門を正面に見て背中の方、すなわちJR石川町駅方面に数十m戻った辺り。名前の通り店内は船の装い。Jazzのライブを聴きながらカクテルを。店は話し声に満ちて静かとはいえません。でもうるさいのではなく活気ある、と形容して良いでしょう。


Wj2  “PolaStar”、ジンベースで少し甘めでした。“Manhattan”、説明不要でしょう。ライブ1セットを聴きました。昔と変わっていません。つい先日来たような感じになりました。

 

Cc1_2  気分が良いので二軒目は“Cablecar”。善隣門を正面に見て左手に数十m進んだ辺り。長いカウンターが特徴、皆さん静かにお酒を楽しんでいます。


 

Cc2 “Yokohama”、ジンベースの有名なカクテルだそうですが私は始めて。“Martini”、いわずと知れたカクテルの王様。ほの暗い雰囲気のなかでいぶし銀の輝き。ここも昔のままのようです。

 

 そうそう、同伴者(女房ですが)から少し貰ったビール・生ギネスの何とおいしかったことか。今まで飲んだビールで最高。うそだと思うなら是非お試しのうえ感想をコメント願います。要は何でも良いということ。たまには、夜の散歩も良いものです。

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2008年3月 3日 (月)

読書:最近の読書から(2008年2月)

1.『意識とはなにか -- 私を生成する脳』
    茂木健一郎著、ちくま新書434、700円(税別)

 昨年暮れから3冊目の茂木健一郎の著書になります。対談集が二冊で単著は初めて。いよいよクオリア(質感)に。

 世界について把握できるのものは、結局、自分の意識の中で<あるもの>としてとらえられるものだけであることはよく判ります。では・・・。

 特別扱いを認めないことで発展してきた科学が、特別扱いせざるをえないのが私たちの意識、主観的体験。いま、脳科学はさまざまな成果を上げているにも関わらず、絶望的とも言える壁に直面する。その壁とは、脳の神経活動によって私たちの意識が生み出されるかが、皆目判らないこと。それなら別のアプローチもありえる・・・。

 クオリアとは、例えば、キラキラとギラギラを弁別できるような普遍的な概念。クオリアが脳の神経活動からいかにして生まれるかを説明することが、脳科学の最大の難問であるとみなされている。

 <あるもの>が<あるもの>であること、<私>が<私>であることをの根本をクオリアを通して考える。それが本書の流れです。

 難しそうですが、私は私なりに理解することを試みました。難しいことをやさしくも考えられる、それは奇妙なことであると著者は言います。しかし、それも意識の特徴のようです。まだ面白いと感じるには至りませんが、でもその予感はあります。趣味の世界ですからゆるゆると。

 

2.『1973年のピンボール』
    村上春樹著、講談社文庫、400円(税別)

3.『風の歌を聴け』
    村上春樹著、講談社文庫、381円(税別)

 初村上、次村上です。いまさらと思う方も多いでしょう。ですから、これでやめようと思います。ただ、新鮮な印象を抱きました。決してそのような生活をしていたわけではありませんが、懐かしい気持ちになりました。近いうちに最近刊を読んでみます。

 

4.『愛国者は信用できるか』
    鈴木邦男著、講談社現代新書1842、700円(税別)

 著者は新右翼団体「一水会」を創設して代表に、現在は顧問程度の知識しかありません。息子が読んだと思いますが、自宅に本があったので一読しました。水切りする石の様に、ところどころに著者の考えを肯定できる部分があります。右翼もかなりの思想的な広がりがある、と判ります。

 「愛国心は国民一人一人が、心の中に持っていればいい。口に出して言ったた嘘になる。また他人を批判するときの道具になるし、凶器になりやすい。だから、胸の中に秘めておくか、どうしても言う必要がある時は、小声でそっと言ったらいい」。これは本書の結びです。もっともだ、大声で愛国心を叫べば、黙っている人より愛国心があると言えるのか。

 卒業式シーズン、過剰な職制による日の丸・君が代に関して、「そこまでして「君が代」を強制する必要があるのだろうか。教師や生徒もそうだが、日の丸・君が代もかわいそうだ。こんな争いの道具にされたかわいそうだと思う」。考え方に差はありますが、私の結論は類似します。

 1974年8月、左翼の<狼>の三菱重工爆破に多少の言及があります。著者は、そこまで思いつめた心情に感銘を受け、今から思えば憂国の情に感動したのだろう、と言います。
 当日、私はビルの谷間に湧き上がる爆発の煙を見ていました。勤務先が斜め前のビル。昼食のタイミングで被災することはありませんでしたが。思想の如何に関わらずテロに共感してはいけない。思い入れもあって取り上げましたが、流れの前振りのような部分です。あまり強調してもいけないと思いますが。

 他人の考え方をまず理解して、肯定・否定の判断が必要です。しかし、判っていながら難しい。思いが先行することが多い。気まぐれで読んだようなものですが、新鮮な感じがしました。

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2008年3月 2日 (日)

路上観察:梅を見に行きませんか・横浜根岸森林公園

1  日本初の洋式競馬が行われた跡地です。戦後米軍に接収されていましたが解除され、昭和52年に開園しました。何年に開園したかなど記憶にありませんが、調べたら随分と昔のことですね。でも、隣接した地域にまだ米軍住宅が残っています。一般の日本人が立ち入り出来ない小さなアメリカが。

 

2 至近に、ユーミンこと松任谷由美が歌った「山手のドルフィン」があります。しかし、相当前の歌ですから、最近の彼女のファンは知らないかも知れませんね。

 

 

3  さて梅です。八分咲きの見頃ですよ。梅の木は、馬の博物館脇と公園奥に固まっています。色々な種類の梅の木がありました。空気がきれいなせいでしょうか、梅の匂いが漂ってきました。
 昔、京都の有名な梅の観光地に行ったとき、土産屋さんの店頭で焼く餅の匂いが鼻について、梅の匂いどころではなかった思いが蘇りました。森林公園ではそんなことはありません。

 

4  森林公園は、殆ど遊具のない芝生広場がメインの公園です。起伏にとんだ地形は、子どもの格好の遊び場になるでしょう。少し離れますが、外人墓地から海の見える丘公園に足を延ばすのも良いと思います。
 梅を見るなら、今日が良いと思いますよ。

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2008年3月 1日 (土)

音楽:ピアソラ・オラトリオ「若き民衆」

 プログラム (1) ピアソラ:プンタ・デル・エステ組曲
       (2) 小松亮太:バンドネオン、ヴァイオリン、弦楽器のための2楽章(世界初演)
       (3) ピアソラ:オラトリオ「若き民衆」(日本初演)

 出演       小松亮太(バンドネオン)        (2)(3)
       北村聡(バンドネオン)          (1)
       カティア・ビケイラ(女性歌手) (3)
       パブロ・シンヘル(ナレーター) (3)
 指揮    齊藤一郎
  演奏    特別編成オーケストラ/合唱

 会場    東京オペラシティ コンサートホール(3階L2列27番)
 公演    2008年2月29日
 鑑賞    2008年2月29日(ほぼ満席)

 「このオラトリオが後世にグレイトな作品なのか、半分楽しみ、半分実験のつもりで書いた「彼個人の意欲作」なのか、正直言ってまだ全然わからない。とにかくピアソラがせっかく書いた大作だ。一生懸命この初演をやる。来ていただくお客様には、そこのところに賭けていただきたい!」と、小松亮太はチラシに書いています。

 会場の熱狂振りをみればお客さんは賭けに勝ちました。私も一夜のプログラムを大いに楽しみました。ただ、グレイトと言うよりは意欲作なのかも知れない、という思いも残りました。

 席の関係で舞台半分強しか見えませんでした。その範囲で、チェロ8、コントラバス6。ビオラは数えませんでしたけど、管がないだけ((1)では4名が加わる)でフルオーケストラです。それに、ピアノ、ギター、ソリストが加わります。さらに、スペイン語の日本語翻訳も困難でしょうからそのまま。編成からして、演奏会に載せることすら難しいと想像できます。壮大ではあるけれど親しむ機会が限られる、という面でも意欲作と思えます。

 それにしても、この曲の演奏を実現した小松亮太・関係者に大きな拍手を送りたい。二度と聴く機会がないようにも思えます。もし録音でよければ、「NHK FM ベスト オブ クラシック」が収録していました。放送日時未定ですが。

 「プンタ・デル・エステ組曲」、三楽章の構成で両端にピアソラを感じました。真中は北欧風楽曲のおだやかで澄んだイメージ。ウルグアイ南東の地、プンタ・デル・エステで作曲されたそうです。この地は、森と海をそなえた高級リゾートのようです。さもありなん。北村聡のバンドネオンの印象が薄かったのですが、交響協奏曲でした。

 「バンドネオン、ヴァイオリン・・・」は世界初演。オペラシティ・コンサートホール会館10周年記念委嘱作品。レント・ショーロ風の二楽章構成。弦トップの演奏で穏やかに始まり、やがて弦合奏へ。しみじみとした曲です。ヴァイオリンの印象が強く残りました。バンドネオンも悪くはないですが。
 前後を強烈なピアソラに挟まれて、多少損をしているかもしれません。繊細な印象でした。

 「若き民衆」、「ラプラタ河の地下に洞窟都市があって、その住民はわれわれの過去あるいは未来の姿かも知れない」という詩人・オラシオ・フェレールの話にピアソラが惹かれて出来上がった作品。ラプラタという言葉が何度も、マチュピチも一回。ラプラタ河のほとりに先祖が住みついて、という歴史観が底流にあると思います。唐突ですが「維新派・nostalgia」が思い浮かびました。私の南米感かも知れません。

 スペイン語上演の翻訳字幕付ですがこれは正解です。アルゼンチンの雰囲気を強く漂わせますし、アルゼンチンタンゴとの印象が強まります。視覚効果も合わせて、雰囲気は重要です。合唱は30人以上の編成ですが、印象は薄い。能力というよりは曲のせいだと思います。合唱が民衆の声なのですが、もっと主張させても良いかな。

 (2)の後のアンコール「小松亮太・土手と君と」。初めて聴く曲ですが、当日の中で最もタンゴらしい曲と感じました。

 (3)の後のアンコール、「ピアソラ・ロコへのバラード」。ナレータのパブロ・シンヘルがピアノを弾いて(多分。ピアノを弾くまねをしてピアノのほうに向かったけど、私の位置からは見えない)、カティア・ビケイラの歌。もう一曲が「若き民衆から河の子どもたち」。

 小松亮太の生演奏を聴くのは10年ぶりくらいですかね。横濱ジャズプロムナードにおける斉藤徹リーダーのグループメンバーとして、その後、神戸ビックアップルで。たまたま二重生活していたので追っかけみたいに。そんなことを思い出しながら出かけたのですが、会場で貰ったチラシに「7つのピアソラ・斉藤徹ほか」が。近い会場を探してでかけようかな。

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