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2008年2月

2008年2月29日 (金)

随想:「変様する港街から」のアンテナ

 10日ほど前から、見て頂く文章の右側のリンク集に、『「変様する港街から」のアンテナ』を掲載しています。興味あれば一読願います。

 よそ様のアンテナを拝見してから自分も真似してみようと思い、当てもなく始めました。ようやく方向性が見えてきましたので公開することにしました。

 大きく二分して、その一つは私が良く拝見させて頂いているよそ様のブログです。

 様々なジャンルに及びますが、基本的に個人ブログだと思います。ただし、個人とは言いながら、世間に名前が知られている方々のブログを含みます。掲載に関して著者の了承を頂いていませんがご容赦願います。

 これらのブログ全体を通して内容に惹かれます。それと、とにかく更新サイクルが速い。比較するのはおこがましいのですが、私のブログをその中に位置づけて遅れることなく更新しようとの励みにしています。

 他の一つは、私が過去に訪れた場所、一部にこれから行きたい場所を含みすが、です。

 一度しか行っていない場所も多いのですが、機会があればまた出かけたい。なかなか思いは叶いませんが。せめて、最新の情報でも確認しておきたいと、そんな思いで整理しました。

 一般的な意味で面白い場所はないですね。でも何らかの意味で、私の形成に関わっているように思いました。飛鳥の古社寺など、網羅できていないところもありますので、気が付いたら追加していきます。

 多読ではありませんが印象に残る読書記憶があります。それを、どのように紹介できるかは、今後の課題と考えています。お気づきの点があれば何なりと教示願います。

注:参照サイトは、各場所の公式ホームページを優先しています。公式ホームページがない場合は、適当なサイトの選択しています。

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2008年2月26日 (火)

随想:お水取りとお水送り(2)

1_2  一列に延びた灯りが小さく揺れながら、すっかり暮れてしまった山間の道を進む様は美しい。一幅の絵のように美しく、お水送りの松明行列に参加する多くの人びとの気持ちが美しい。

 

2_2  「京は遠ても十八里」、若狭・小浜から京都・出町柳に至る鯖街道。鯖街道を歩き始めて一里半(6Km)ほど、道が山間にかかる辺りに神宮寺があります。神宮寺、奇妙な名前だと思いませんか。なぜって、神宮と寺ですから。これは神像を祀り、本尊は薬師如来という神仏混交の寺に由来するのでしょう。

 

3  お水送りとは。
 『天平の昔、神宮寺から東大寺に行かれた実忠和尚が修二会のために神々を勧請した時、若狭の遠敷(おにゅう)明神は魚とりをしていて遅れた。お詫びとして若狭のお香水を献じることになった。そのとき、二月堂の地下から白・黒の鵜が飛び出して、穴から泉が湧き出したのを若狭井と名付けた。その水源が若狭・小浜の鵜の瀬と言われる』。

 

4  3月2日、神宮寺にてお水送り神事が行われます。数々の神事が行われた後、山伏姿の行者や白装束の僧侶を先頭にした松明行列が、さらに2Kmほど山間に入った遠敷川鵜の瀬に向かいます。これが冒頭の文章につながります。

 

5  私は5年ほど前、ここまで確認して尼崎への帰路に着きました。本当は鵜の瀬まで行って送水神事も見たかったのですが。またの機会もあると思っています。

 さて、鵜の瀬にて送水神事が行われた後、ご香水は遠敷川に注がれます。ご香水は10日をかけて若狭井に届くとされています。私はこれを信じます。

 写真は上から、松明行列、松明行列、神宮寺、鵜の瀬、神宮寺大護摩

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2008年2月24日 (日)

随想:Stir,No shake

 「Vodka Martini. Shaken, not stirred.」、これは「007、ジェームスボンド」の決め台詞です。私はほとんど映画を見ませんので話題として認識するだけです。本日、「007 caino royale」というタイトルのスパムメールが届いていました。内容はともかくグッドタイミング。

 正統派のマティーニは「Stir,No shake.」。このようなタイトルの小説があるそうですが、これも話題として認識するだけです。

 仕事の関係で週に1・2日は外泊します。たいていはビジネスホテルですが、時々、シティホテルに泊まります。バーがあれば、たまには1・2杯のお酒で寝る前の一時を楽しみます。周りに人がいたりいなかったりしますが、どちらの場合も一人きりという感じを強く受けます。忙中閑あり、時の流れも強く意識します。こういう空間は貴重です。

 席に着いて決め台詞を言いたいところですが、慣れないことはなかなかできません。大抵は「アイリッシュを水割で」というところです。後は景色を眺めたり、バーテンさんと話しをしたり。

 北九州では2箇所のシティホテルを利用することがあります。いずれも上層にバーがありますので、工業地帯から洞海湾への展望が広がります。夜目に鮮やかな数本の集合煙突、灯で浮かびあがる工場群。ふと「わが町」が思い出されます。

 ソーントン・ワイルダーの戯曲「わが町」は、米・ニューハンプシャー州の架空の町・グローヴァーズ・コーナーズでおきる極めて普通の出来事がつづられています。

 エミリーと隣町に住むジョージは幼馴染で、やがて恋仲になり結婚します。みんなに祝福された結婚式から9年が過ぎて、町を見下ろす丘の墓地に、出産で命を亡くしたエミリーの葬列がやってきます。死者となったエミリーは、一日だけ生前のある日に戻してもらいますが・・・。

 私の観劇は1990年代前半、劇団Mode、演出坂出洋二(?)、「水島編」と「池袋編」だったと記憶します。黒木美奈子のエミリーが印象的でした。この戯曲に劇的なところは何もありません。しかし、しみじみとした味わいのある良い戯曲だと思います。

 さて、横浜にすむ私にとって横浜は「わが町」ですが、そのような意識は希薄です。大きすぎるのかな。家があって、職場があって、知り合いがいて、程ほどの範囲内に生活圏が収まる。そのような町が「わが町」の私の印象です。的を射ているか否か定かでありませんが、私は、北九州の夜景の中に「わが町」を感じます。

 次の機会には辛目のマティーニを作って貰いましょう。

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2008年2月17日 (日)

路上観察:梅を見に行きませんか・十二所果樹園

 

梅の見ごろは下旬と推測したのに、また梅を見に出かけてきました。午前中は陽射しも暖かくて春近しと思った
に、午後からは陽が翳って春はまだ遠いと感じました。

 コースは、京浜急行金沢八景---(バス)---朝比奈---朝比奈峠手前左折---熊野神社---十二所果樹園---十二所---浄明寺---報国寺---柄柄天神---八幡宮---JR鎌倉。寄り道が多くてはっきりしませんが、正味3.5時間程度だと思います。朝比奈峠までは、以前のハイキングを参考にして下さい。

1_2 朝比奈峠を目指し、峠の手前の分岐を左に折れて熊野神社に向かいます。初めてのコースです。山の中なのに熊野神社は立派な作り、本宮と奥宮でしょうか、建物が二つありました。

 

2  熊野神社脇を上ってハイキングコースに出ます。いい加減ですが、左に向けて歩きます。道はしっかりしていますが案内がありません。途中にいくつかの分岐がありました。地図持参、大まかな見当はついていますので、迷わず十二所果樹園に着きました。でも、初めて出かける方は、朝比奈峠を越えてから十二所果樹園に向かったほうが良いでしょう。

3  十二所果樹園手前の北面斜面には先日の雪がまだ残っていました。十二所果樹園には梅の木がかなりあります。梅の実を採るのでしょう。梅は所どことでちらほらほころびていましたが、まだまだです。二月下旬から三月初めに満開でしょう。
 果樹園を下って十二所へ、そのまま鎌倉方面に進みます。以下は定番コースです。

4  まず浄明寺に寄ります。梅の木が数本ありますけど、かなり開花していました。足元には福寿草が。
 寺内にレストラン石窯ガーデンがあります。以前から一度寄ろうと思っていたので迷わず遅い昼食を(なんというハイキングだ)。高台にあり、暖炉のある古いつくりの建物です。暖かければテラスでの食事も気持ちよさそ うです。メニューはコース主体、お値段はホテルのランチほど、石窯で焼いたパンが売り物のようですが味は家庭料理かな。雰囲気を楽しんで下さい。

5 次に報国寺。竹の寺ですが梅の木も数本あります。三・四分咲きでしょう か。足元の水仙がきれいでした。

 

6  次に柄柄天神。天神様と梅は切っても切り離せない中。社前の紅白梅は結構開花していました。陽が翳っていてきらきらした輝きは見られませんでしたけれど。

 のんびりしすぎて時刻も遅くなりましたので、この後は八幡宮を過ぎてJR鎌倉駅にまっしぐら。八幡宮の神楽殿前で記念撮影する新郎新婦を見かけました。お幸せに。

 写真は上から、十二所果樹園、十二所果樹園、浄明寺、浄明寺、報国寺、柄柄天神。

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2008年2月14日 (木)

随想:お水取りとお水送り(1)

 奈良・若草山の山焼きが終わると、関西人でもないのに私は「お水取り」が気になりだします。関西人だってそれほど気にならないかも知れないのに。

1  横浜生まれで横浜育ちの私がいつ頃から気になるようになったかは定かでありません。おそらく、TV放映されていた「近鉄提供・真珠の小箱」が伏線だったと思います。「お水取り」「南無観」「お松明」「韃靼」「五体投地」などのキーワードが胸に刻み込まれました。この番組は、近鉄沿線の観光地を中心に観光目線にならない良質の話題を提供していました。放映の時間帯が変わったりしていつしか見ることもなくなり、暫く前に放映も終了したようです。

2  千数百年の間、3月1日~14日に繰り広げられてきた「東大寺二月堂修二会」。修二会とは、籠もりの僧が二月堂ご本尊の十一面観音の前で、私たちが犯してきた罪を懺悔し、功徳によってすべての人たちが幸せになることを祈念する行事です。その12日目、暦では13日未明に二月堂下「若狭の井」から霊水を汲む行事が「お水取り」です。ただし、世間一般では修二会全体を「お水取り」と俗称します。

 「お水取り」と俗称されるにしては、「修二会」は火の印象が強いです。籠もりの僧が上堂する際に足元を照らす上堂松明。僧の足元を照らした後は、二月堂の欄干から突き出されて火の粉を撒き散らします。そして、二月堂内で小脇に抱えるほどの大きさの松明を振り回す韃靼松明。

3  尼崎に起居していた時、3月前半の週末は良く奈良に出かけて二月堂周辺をうろうろしていました。大半の行事は内陣で行われるので目にすることはできません。よって、流れる声明を聴き、時々、僧が外陣に出てくる「五体投地」「韃靼」などを目にします。その中でも、日が暮れてから待つことしきり、19時ごろの上堂松明は「修二会」のハイライトです。

 さて本来のお水取りのことです。
 深夜二時過ぎの行事ですから人出はそう多くありません。二月堂からでた僧が、堂下の若狭の井に霊水を汲みに行きます。私は二回、目にしました。とは言いながらその瞬間は漆黒の闇の中、目にすることはありえません。よって、目にするのはその前後の行為になります。

4 初めての時に驚いたこと。それは、霊水を汲みに行く時、雅楽が奏されたことです。二月堂下の一角に雅楽隊が陣取り演奏します。なぜ驚いたかと言えば、仏教の行事なのにと言うことです。日本人にとって、神様仏様は同居していることを強く感じました。

 私の「お水取り」グッズは、「平凡社カラー新書59・お水取り・清水公照/佐多稲子著・土門拳撮影(廃版?)」と「修二会主要行事時刻表・東大寺発行」の二つです。新書は1977年発行、無線綴じもほつれてばらばらになっています。時刻表は行事の全貌がわかるので行動には欠かせません。

5 二月も半ばを過ぎると、籠もりの僧も火を分けてお水取りの準備に入ります。もうすぐです。

 写真は上から、二月堂全景(大仏殿にみて右奥手になります)、若狭井(小屋の中)、お水取りを待つ人々(全景の堂上から逆方向を向いて、左側のテントに雅楽隊だがまだ見えていない)、お水取りの一行(前の方)、お水取りの一行(水桶を運ぶ)。

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2008年2月12日 (火)

路上観察:梅を見に行きませんか・田浦梅林2008

 昨年に続いて田浦梅林に出かけました。三浦半島唯一の梅の名所と言われる田浦梅林。昨年は2月18日にでかけて五分咲き程度でしたから、さすがに2月11日では早いでしょう。そうは思ったのですが、最近の運動不足の解消を兼ねて昼近くに自宅を出ました。

Img_2635  案の定、梅のつぼみはまだ固いようでした。しかし、場所によってはかなり開花している木があったりして、この狭い範囲でも気候が異なるのか、あるいはその木の性質なのか、などと思いをめぐらせました。

 田浦梅林の最寄り駅はJR横須賀線田浦駅。多少遠くなりますが京浜急行田浦駅から徒歩可能です。私は京浜急行田浦駅を起点にしましたが、40分ほどで梅林に到着しました。国道16号を横須賀方面に20分ほど歩くと、小さな商店街に至ります。途中トンネルをくぐりますが迷うことはありません。商店街には田浦梅林の旗が掲げられていますのでそこで左折すれば、もうすぐです。

Img_2638  梅林のさらに上側は芝生広場になっています。お天気が良ければお弁当を持参してゆっくり昼食するのも楽しそうです。アスレチック施設は老朽のため使用中止になっていました。眼下に東京湾が広がります。横浜方面、海ほたる、房総半島などに視界が開けます。

 私はそのまま山中に進み、JR東逗子までハイキングをしました。週末の雪が多少残っており、一部の径はぬかるんでおりました。途中、木々の切れ間から海が望めますけれど、コース全体は変化に乏しい。一部に鎖場(ロープ)がありますので、歩きやすい靴などハイキングの支度は必要です。

 ハイキングのプランとしては、今回の逆でJR東逗子から、あるいは昨年の逆で京浜急行逗子から森戸川に沿って田浦梅林に向かうコースもが良いように思いました。朝早く出れば田浦梅林で昼食、はやめに帰路につけます。

 見ごろは2月下旬と推測します。

 梅林から駅に戻り、その後、三浦半島の名所に向かっても時間的には充分だと思います。梅林付近に駐車場がありません。

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2008年2月10日 (日)

美術:森美術館・アートは心のためにある

  会期   2008年2月2日(土)~4月6日(日)
  休館日  会期中無休
  開館時間 月・水~日曜日10:00~22:00
       火曜日 10:00~17:00
       (いずれも最終入館時間は閉館の30分前まで)
  入場料金 一般1,500円、
  鑑賞日  2008年2月9日
  公式HP http://www.mori.art.museum/jp/index.html

 「アートは心のためにある:USBアートコレクションより」、素敵なタイトルですね。これは「ジョナサン・ボロフスキー:ART IS FOR THE SPRIT」から取られています。展覧会のポスターにも使われているのでHPで見て下さい。

 「UBSとは、スイスに本店を置く世界最大級の金融グループ。8万人ほどの従業員、業務展開は50カ国におよぶ。USBアートコレクションは、以前からのコレクションを母体にして2003年に発足。現代美術作品を対象とし、質の高い作品に絞り込んでコレクションを充実している。イギリス人と中国人の二人のキュウレータが情報をリサーチし、作品購入委員会で検討して購入作品を決定する。現代美術に的を絞る理由は、UBSが現在と関わる企業だから(参考:雑誌・BRUTUS、2008年2月15日号)」。このことは、この企画展の重要なポイントですが、そのように思う理由は後で。

 今回、1000点以上におよぶUSBコレクションから140点ほどが選ばれています。それらを、
  「1.ポートレイトから身体へ」
  「2.造られた世界」
  「3.ランドスケープから宇宙へ」
という三つのサブテーマに分けて展示しています。このサブテーマは、体、世界、宇宙へと広がっています。

 荒木経惟「さっちゃん」、モノクローム銀塩写真の豊かな表現力。思わず土門拳「筑豊の子供たち」が浮かびました。子供たちの元気な時代でした。でもね、現代作品ではないでしょう、近代作品。ウォーホル、リキテンスタイン、然り。

 杉本博司「ピーター・スタイブサント」、この世に存在しない人の蝋人形をモノクロム写真。私たちは写真から何を受け止めるのでしょう。過去の人がこの世に生き返ってきたのではないかと思えます。水平線以外を対象にした杉本の作品を初めて見ました。

 シンディ・シャーマン、キキ・スミスの作品は何だったかな。陳界仁は毛沢東の長征の再現を自らの背中に刺青で記録した写真。宮本隆司は古い工場の爆破を記録した写真。アレックス・カッツは湖面を滑る二人乗りのカヌーを無機質な写実で表現した絵画。アンドレア・グルスキーの99セントは日本で言えば100円ショップの並ぶ膨大な量の食物等を鳥瞰した写真。畠山直哉のブラスト5707は崖をダイナマイトで爆破する記録写真。・・・・・。

 最後に企画展の重要なポイントと私が思うことを整理します。

 展示室の各所に置かれたかなりの台数のマッキントッシュ、マウスを操作することで作品解説などを確認できます。全体に見せることに関してよく整理されていました。写真、絵画が中心で美しいと形容して良い内容の作品が大半でした。作品制作年代も50年間ほどに散らばっているように思います。
 コレクションの性格からしてあまり猥雑なものは含まれないでしょう。例えば、荒木経惟の「さっちゃん」は良いとして、最近の作品は蒐集されているでしょうか。恐らく蒐集されていないように思います。

 見終わって心地良い気持ちになりますが、現代美術の先端を見せてくれるわけではありません。あくまでも「USBアートコレクション」の一部です。現代美術に触れる良い機会だとは思いますが、現代美術の全貌が示されるわけではありません。

 どこに行ったら全貌がわかるかって、そんなところはどこにもないでしょう。美術館を渡り歩くこと、あるいは野外(越後妻有トリエンナーレ、直島(少し洗練され過ぎ?)、etc)にとび出すこと。手っ取り早くは「東京都現代美術館・川俣正・通路」でも如何でしょうか。地下鉄・大江戸線にのれば小一時間で到着します。会期もほぼ同一です。

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美術:東京都現代美術館・川俣正・通路

  会期   2008年2月9日(土)~4月13日(日)
  休館日  月曜日(2月11日は開館、12日は休館)
  開館時間 午前10時~午後6時(入場は閉館の30分前まで)
  入場料金 当日 一般1000円、パスポート券 2000円
  鑑賞日  2008年2月9日
  公式HP http://www.kawamata.mot-art-museum.jp/

 初日に鑑賞です。私にとって珍しいこと。
 観終えて何となくひらめきました。約2ヶ月余の会期中に内容は随分と変化するのだろうなと。逆に言えば変化を楽しむ。もし変化しなければ、それは川俣正の裏切りではないかと。いいよ、また出かけるよ。そうだ、パスポート券を購入しておくべきであったな。

Img_2628  ベニア板に簡単な脚をつけた簡易な壁、色さえ塗られていないこの壁が館外から連なっています。この壁の連なりで通路を構成しています。通路は入り組んでいて、通過しない部分があったかも知れません。辿って行くと中庭(添付写真)にもでます。小雨がぱらついていました。冷たい風も感じました。

 しかし、通路に作品が展示されているわけではありません。通路の切れ目から覗く内側の空間、そこをラボと言い、制作活動が、あるいは同時進行のワークショップが公開されています。そして、通常の展示壁面などに過去のプロジェクトの写真や模型なども展示されていました。

 込み入った路地の裏や突き当たりに何が隠されているか、強い興味を抱く気持ちが私にはあります。そのような気持ちに対する川俣正の一瞬の提示。一瞬の提示ですから次々に変化するでしょう。あるいは自分なりに何かを探して下さい、ということでしょう。

 会期中の「通路トーク(Cafe Talk)」のテーマは次のように予定されています。

   2月9日(土)    映像は「通路」である
   2月10日(日)   川俣正は「通路」である
   2月11日(祝・月) 建築は「通路」である
   2月16日     炭鉱は「通路」である
   2月17日(日)   医療は「通路」である 
   2月23日(土)    美術館は「通路」である
   2月24日(日)    アーティストは「通路」である
         2月24日午後2時、他は午後3時から、要確認

 通路トークとは、地下のアトリュームに作られた「通路カフェ」の前で開催されるプレゼンテーションのこと。それにしても、全体を見るとつかみどころが無いような感じですね。「通路」という言葉は多義です。芸術から受け取るものは多様です。

 この企画展を楽しむためには「参加意識」「柔らか頭」、そして「繰り返し(変化を楽しむ)」が必要と思いました。

 私の文章だけでは何も判らないでしょう。だまされたと思って出かけてみませんか。日曜大工で出来てしまうベニア板の壁が、美術館の中に連なる様を見れば、現代美術なんて簡単じゃない、と思えます。そう思えなくても私は責任を取りませんけどね。

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2008年2月 5日 (火)

随想:古書店

 自宅から数分のところに古書店があります。ある日、通りがかりに気付きました。それほど古くからあったとは思いません。もしそうであれば、もっと早くに気づいていたと思います。店はさほど広くはありません。しかし地下もあるのでそこそこに本はあります。朴訥そうなご主人がカウンターに座っています。

 気づいてすぐに寄り、どんな本を置いているかと確認しました。そして、「馬場光子・走る女」ありますかと確認しましたが、在庫はありませんでした。「馬場さんの本ならどこでもありますよ」って、あまり商売っ気は無いのかも知れません。

 先日、改めてゆっくりと本を眺めてきました。中国物、日本古典などが多いようです。私の他に客はいませんでした。まるで自分の書斎のような感じで、奇妙に静かな時間を過ごしました。30分以上いたと思います。

Photo  「安藤次男・風狂始末-芭蕉連句新釈・筑摩書房」を購入。ご主人も、どのような本を買うか注目しているかも知れませんので、そこそこに格調高い本を選びました。ちょっと格好つけ過ぎでしょうか。

 この本は新刊の時に手に取ったのですが買いそびれたものです。安藤の「芭蕉七部集評釈」を持っていたので、まあ買わなくていいかと思った記憶があります。深い知識が無いので理解がそれほど進むわけではありません。しかし、韻文の詩歌が好きなので、この手の本を少し持っています。

 連句ってご存知ですか。575・77・575・77・・・、と上句と下句を数人の作者(時に一人で)が規定数まで交互に作っていきます。例えば、36まで続けるのを「歌仙」と言います。続ける際に諸規則がありますが、ここでは触れません。

 ところで「花を持たせる」と言いますよね。上句と下句を続けていく途中に「花の座」という場所があります。そこでは花、すなわち桜です、を読み込んだ内容にしなければなりません。そこは一巻のハイライトですから、その日のお客様や長老に譲ります。すなわち、花を持たせる。

 近所の古書店なので、時々、足を向けようかと思っています。

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2008年2月 3日 (日)

舞踊:バットシェバ・ダンス・カンパニー「テロファーザ」

 演出・振付      オハッド・ナハリン 
 照明         バンビ
 衣装         ラケフィット・ラビ
 ドラマツルギー・音響 オハッド・フィショフ
 音響効果       ステファン・フェリー
 出演         バットシェバ舞踊団
            バットシェバ・アンサンブル

 会場         神奈川県民ホール(25列48番)
 鑑賞         2008年2月3日15時00分~16時20分(5割程度)
 公演         2008年2月2・3日(神奈川公演終了)

 おじさんの涙腺は弱いのだから、そんなに感動を与えてもらっても困るのだ。涙をこらえるに苦労するではないか。でもまた日本に来て欲しい、何があっても観に行くから。

 雪の朝、今日一日は家の中で過ごそうと思いました。しかし、公演案内を一通り見たら、そうだバットシェバ公演は本日だと気づいて、出かることにしました。とは言いながら、何の予備知識があったわけではありません。縞柄のボディタイツで体をひねった官能的なポスターに惹かれた。それもありますが、最近、ダンス公演に飢えていたのも事実です。

 舞台上に4面のスクリーン、全てのスクリーンに「10:00」が映し出されていました。15時、開演時間になると会場は以前人が出入りしていましたが、スクリーンの数字はカウントダウンを始めました。「10:00」は10分のことでした。スクリーンの数字が「0:00」になると、ダンサーが出てきて踊り始めます。

 ダンサーは30名以上、時にソロを取ることはあっても基本的には群舞。メロディアスな音楽、電子音、時には無音で群舞が繰り広げられます。奇を衒った演出はなく圧倒的な身体性の表現。小さなグループに分かれて、同期したり非同期になったり。木目細かく動く身体各部はシャープでほれぼれします。正確にはわかりませんが、クラシック系と言うよりヒップホップ系のようにも見えます。

 スクリーンにカメラが接続されています。カメラの前に立つダンサーの顔を写したりします。あるいは、一人のダンサーを四方から写すように配置を変えて、その中心に入って一人づつ交代で踊ったりします。他のダンサーは周囲を回りながら、自分の番を待ったりします。

 最後のほう、レイチェル(ダンサー)がカメラに向かい、観客に動作を要請します。口に手を当てて、今日食べたものを思いだすように。目に手を当てて愛おしい人を思い浮かべるように。ひざに手を置いて・・・、腕を組んで・・・。そして立ち上がるように・・・、踊るように・・・。
 この時、舞台上にはイスが用意されていてダンサーは観客に対面するように座り、同じように動きます。ついにはダンサーが激しく踊り、残念ながら観客はぎこちなく体を動かします。それでも素晴らしいのですが、もっと格好良く踊れたら。会場は一体感で結ばれます。

 レイチェルはポリティカルなメッセージを発信するわけではありません。しかし、彼らがイスラエルのダンスカンパニーであることを思えば、私たちが日々当たり前のように行なうことが如何に素晴らしいことか、そう言っているように思えます。武器を持たない若者たちが、芸術によって世界平和を築きあげる可能性を秘めているように感じた次第です。このような舞台に巡りあえることの何と幸せなことか。雪の降る寒い日に熱い感動を貰いました。

 オペラグラスに、どう見ても日本人だろうと思える女性が一人写りました。後にメンバーを確認しましたら確かに日本人、島崎麻美と記されていました。何だか判りませんが偉いなと思いました。

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読書:最近の読書から(2008年1月)

1.『日本人はなぜキツネにだまされなくなったのか』
    内山節著、講談社現代新書1918、720円(税別)

 著者の住む群馬県上野村に昭和20年代まで「山上がり」の風習があった。主要産業は養蚕で投機的要素があるから自己破産者もでる。生活が立ち行かなくなった者は共同体に対して「山上がり」を宣言する。森の奥に入って暮らすのだ。「山上がり」に対する取り決めは「誰の山に入っても良い。生活に必要な木は誰の山から取っても良い。同じ集落に暮らす者や親戚は十分な味噌を持たせる」。この間、元気な男たちは町に出稼ぎに行く。一年もして金ができれば村に戻り、それを待って家族は山を下り元の生活に戻る。
 これは「第3章キツネにだまされる能力」の一部。破産は暗い話題だが、自然と共同体により短期間のうちに再生できる可能性を示す。「おむすびを食べたい」と言い残して孤独死を迎える悲惨な共同体とは大きく異なる。しかし、一部事例を比較して好悪を判断することは避けなければならない。
 キツネにだまされることがなくなったのは1965年、昭和40年と著者は言う。昭和30年代まではかろうじて自然との共生が残っていたと受け止めた。著者は「キツネにだまされなくなった」理由を考察する。科学的に取り上げられることはない、歴史的にも。その間隙を「歴史哲学」と言い、本書はその「序説」と言う。そこに人びとの生きる智恵が隠されていたのではないか。過去に戻ることは出来ないであろうが、先人の智恵を見直すことはできそうだ。本説を期待したい。

2.『「科学的」って何だ!』
    松井孝典・南伸坊 著・ちくまプリマー新書66、760円(税別)

 片や東大教授、片やイラストレータ。対談で話が進む。「わかる」も「納得する」も、両方「わかる」と言ってしまう。基本的には、人間がかかわるところのでの議論はみんな「納得する」の世界と思っていい。宗教・哲学・政治・経済・・・。科学の世界の「わかる・わからない」との差異は。科学の世界は「二元論」と「要素還元主義」。「二元論」とは、人間と自然を分けて考えること。「要素還元主義」とは、人によってイメージの異なる世界の話は考えようがないので、イメージが一致するところまで細分してから議論すること。ただし、それだけで自然を理解できてるわけではない。
 性格とは大脳皮質の中のニューロンの接続状況、血液中の物質の型とは関係ない。よって、性格と血液型の関係などない、と斬って捨てる。ただし、話題としては付き合いますとのこと。私もそう思う。とにかく、私の話などで納得しないで一読すること。そうすればわかります。
 息子から親に対する課題図書。いつもは放っておくがたまには読了しないと。親子の関係にヒビが入ることもないであろうが。

3.『文章のみがき方』
    辰濃和男著、岩波新書1095、780円(税別)

 著者は朝日新聞・天声人語を1975~88年の間、担当した。わかりやすい文章の代表である天声人語、その担当者は私と違う世界の人でしょう、とも思ってしまう。そう思える部分もあるが、大半は大いに参考になる。わかりやすい文章である。
 大きく4分割。「Ⅰ基本的なことを、いくつか」「Ⅱさあ、書こう」「Ⅲ推敲する」「Ⅳ文章修行のために」。それぞれは、5ページほどの小テーマの集合。最初のテーマは「1.毎日、書く」、次から「2.書き抜く」「3.繰り返し読む」「4.乱読をたのしむ」・・・。要は、自他の文章をよく読み、文章をこまめに書く、ということか。難しく無いじゃん。いやそれを続けることが難しいのです。
 各テーマの冒頭に数行の引用が付く。最初の一つ。「旅行に行って10日くらい書かないことはありますけど、そうすると10日分へたになったと思います。ピアノと一緒なんでしょうね。書くというベーシックな練習は毎日しないといけません(よしもとばなな)」。自慢じゃないけど、私なんて下手になる余地がない。やればやるだけうまくなるはず。何か希望が湧いてくる。

4.『暴走老人!』
    藤原智美著、文藝春秋社発行、1000円(税別)

 限界集落化・高齢者医療の動向など、見方によっては体の良い棄老伝説の再現とも思える。このような状況下、老人は如何に自己主張するか。一面が老人の暴走化なら話はわかりやすい。書名からそのように想起した。ちょっと待て。
 『不可解な行動で周囲と摩擦を起こしたり暴力的な行動に走る高齢者を、私はひとまず「新老人」と呼ぶ。・・・新老人の暴走する原因や理由をデータやスコアをもとに語ることは専門化がやるべきであろう。私は自己の体験にそって考える。私を衝き動かしたのは、やがて自分も新老人の列に加わるという「不安」である。』と、著者は言う。新老人すなわち暴走老人と取れる。著者は暴力的な高齢者になることを予測するのか。テーマとして興味はあるのだが、データやスコアをもとに語ることを専門家にまかせてしまうので腰の引けた感じがする。
 この後、『時間』『空間』『感情』に大別して話が進む。『感情』における透明なルールの提起などは新鮮のようにも思えるが、多くの透明なルールが昔からあるように思う。「新老人」の暴走事例が指摘されるが、著者の体験の範囲内であるから一般像は鮮明にならない。老人以外の事例を含むのもそれに輪をかける。
 私も近く(もう?)(新?)老人の列に加わる。否定できない一面もある。もう少し話を展開してくれると参考になる。

5.『医療崩壊をくい止める』
    世界2月号特集・岩波書店発行、780円(税込)

 『現在の問題を総括すると、①医療費の過度の抑制 ②医師を含めた医療従事者の絶対的な不足 ③研修制度の機能不全 ④先進医療や世界で認められている薬剤の承認が遅いこと ⑤医事紛争の処理・補償システムの不備等が緊急に対処しなければならない課題である』。これは、参議員議員にして医師である櫻井允(民主党)・森田高(無所属)の提言中にある。大方の報道等を総合して私もこのように認識する。科学の塊となった医療技術、それに比して課題は人間の関わることばかりではないか。
 別の記事で『日本の国民医療費は大体32兆円ぐらいでパチンコ産業は30兆円(文脈から2005年と思える)。医療費が高すぎると言う人もいるが信じられない』。どこに道路を作るかを論しる前に、医療費と道路建設費のあり方を論ずるべきである。一人ひとりが考えなければならない。その前に、国会議員一人ひとりが党議拘束など無視して真剣に考えるべきだ。難しくって考えられないって?難しい課題で、全体を理解できないと言ったほうが正確である。しかし、考えなければならない。
 ここ数年の読者で、しかも全てを読み切る能力もない。しかし、「世界」は私の考えの基盤である。

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2008年2月 2日 (土)

随想:雪とけて・・・

 早くもカレンダーが一枚めくられました。会社のカレンダーに

   雪とけて 村一ぱいの 子どもかな

と一茶の句が添えられていました。家に閉じこもっていた子どもが一斉に表に飛び出してきた様子が目に浮かびます。昔は町にも村にも子どもが一ぱいいたのです。

 今の時期、雪国の寒さ厳しく、やがて来る雪解けの日を待ち望んでいる頃でしょう。横浜生まれの横浜育ちのお前にわかるのか、と言われたら多少は返す言葉があります。仕事で、山形県米沢市に7・8年の間行き来していた時期があります。もちろん冬の間もです。電車が福島駅を出発して峠に近づくにつれて徐々に雪が深くなって、雪国に行くのだとという思いが深まったことを覚えています。そのようなわけで雪解けの喜びが多少はわかります。

 そう言えば米沢市の隣町、高畑町の浜田広助記念館脇にあった「ぬくもりの湯」やJR奥羽本線高畑駅構内にある「太陽館」へ、会社帰りに温泉に浸かりに良く出かけたものです。回数券など買ったりして。

 今日(既に日が変わっていますが)北九州にいたのですがとても暖かでした。私はもともと薄着ですが、コート不要と思ったほどです。もっとも、他人より1・2枚着るものが少ないのですが。九州だから暖かいだろうと思う方も多いと思いますが、実際の所、北九州の冬は寒いそうです。週に1・2日の出張ですが、今年に入って雪のちらつく日に数度出くわしています。積もるほどのことはありませんでしたけれど。一度は雪で立ち往生するのではないかなどと思っています。

 一茶の句から脇おこしの話でした。団塊の世代に属し、私は私で生きていました。この年まで来ると、何かお題を頂ければ話の一つや二つは伺うことができそうな気がします。それでは何なりと。お後がよろしいようで。

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