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2007年8月

2007年8月30日 (木)

演劇:利賀フェスティバル2007(2)

 二日目(24日)は二本の出し物を観ました。

(1) テネシー・ウィリアムズ「二十七台分の綿花」
  億土点演出、劇団Power Doll Engine、利賀山房使用

 あらすじ : 第二次世界大戦中の作。アメリカ南部の綿工業地帯。綿工場の経営者ジェイクは妻フロオラを人形のように扱い、性的暴力で弄ぶ。ジェイクは商売敵の綿工場に放火し、行動に不審感を持ったフロオラを暴力で口止めする。
 農場の管理人ヴィカーロはやむなく綿花二十七台分の加工をジェイクに注文する。が、フロオラの様子から、ジェイクの放火だと気づく。ヴィカーロはフロオラに、昼間から夫同様の暴力的なセックスを迫る。フロオラはそれが放火の代償と感づき、受入れる。
 夜、帰宅したジェイクにフロオラは、ヴィカーロが明日も二十七台分の綿花を持って来ると告げる。もちろん、それはセックスの対価。フロオラを性の道具にして二人の間に「善隣政策」が成立。

 感想 : 億度点は2004年利賀演出家コンクールで優秀演出家賞受賞。初めて接する劇団ですが、なかなか達者な役者陣。
 妻フロオラは男優が演じます。そうでなければ芝居として見られないほどの痛々しい暴力が繰り返されます。舞台中央に畳み一枚ほどの広さのブランコ、この上での演技が効果的です。暴力は肉体のみならず心にも深い傷跡を残します。それをブランコの揺れで表現する興味深い演出です。
 内容も理解できるし、役者もうまい。今もどこかで継続する問題の提起ともなっている。でも、私は感覚的に受け入れにくい。なぜ。それは、あまりにも痛々しい表現。それと聞きづらい発声が多かったため。他の出し物を観たら、私の感覚は変化するでしょうか。

(2) 寺山修司「犬神」
  長野和文演出、劇団池の下、特設野外ステージ使用

 あらすじ : 時は大正。谷間の村に住むミツは、山犬に襲われて気がふれ、月雄を生むとすぐに亡くなる。父親は女と逃げ、月雄は姑とふたりで孤独な子供時代をすごし、やがて一匹の迷い犬を飼い始める。月雄は犬を”シロ”と名づけ可愛がるが、そのころから村には不吉な事件が相次ぐ。
 長じて月雄は、離れた村から嫁を貰う。離れた村なら噂も知らない。結婚した次の日、のどに傷を残して嫁は死んでいた。誰の仕業か。

 感想 : まず良い天気であったことに感謝、雨が降れば合羽の用意もしてあるけど。
 長野和文は2006年利賀演出家コンクールで優秀演出家賞受賞。この劇団も初めて接します。寺山作品を多く取り上げているようだし、舞踏との融合も試みているようです。
 絵面の美しい作品です。特設ステージは、段差を生かした立体的かつ奥行きのある構造で、展開の幅を広げました。舞台前方左右に二本の柱が建ち、最後に火が放たれて燃え尽きながら芝居も終わるという、劇的な演出で夏の思い出として最高。
 ストーリーでは二十年以上の時間が流れます。それを表現するのが難しいと思います。これは、役者が台詞で説明します。全体的に説明的な進行になったのは残念。のどに傷を残して嫁が死んでいたことも説明で済ませました。一番のポイントと思いますが、ステージで表現することは困難だからでしょう。映画・TVなら容易に解決しそうですが。

Dsc_0215 添付写真は、翌日撮影した特設ステージです。左右の柱は無くなっています。後方の建物が新利賀山房、その前に空間があります。舞台中央の崖に左に昇っていく花道(?)があります。芝居の冒頭、左手に見える岩の上にミツが横たわり、犬の仮面をつけた白の羽織・袴の役者がすくっと立っている光景はとにかく美しい。写真では切れているが右後方の木にぶる下がってミツは月雄を生みます。

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2007年8月27日 (月)

演劇:利賀フェスティバル2007(1)

 横浜出発は8月22日AM7時半、松本を経由して高山で一泊。さらに金沢を経由して、例年お世話になる利賀の民宿に23日18時に到着。この間の経緯は別に掲載予定です。

 23日は20時開演の「シラノ・ド・ベルジュラック」のみ鑑賞。食事を済ませて徒歩15分ほどの会場に向かいます。

 既に皆さんが番号順に並んでいます。会場はギリシャ風の野外劇場。400名強の入りでしょうか、定員が800名ほどですから空席が目立ちますし、隣の人との間のゆったりしています。しかし、週中にも関わらず山奥の劇場に400名強の人の集まることが、考えてみれば興味深いところです。

 「シラノ」のストーリーの概略は次の通りです。
 鼻の大きなシラノは従妹のロクサーヌを愛していた。ロクサーヌは美貌のクリスチャンを愛していた。シラノはクリスチャンの恋文を代筆することで自分の思いを伝える。ロクサーヌは恋文の素晴らしさゆえにクリスチャンを愛すようになる。やがてクリスチャンは、ロクサーヌの愛すのは自分でなく恋文であることを知り、自ら望んで戦場の露と消える。ロクサーヌは尼寺に入る。訪れたシラノが恋文をそらんじていることを知り、自分が愛していたのはシラノであることに気づく。

 ご存知の方も多いでしょう。容貌を悲観するゆえに自分の気持ちを直截に吐露できない、悲しい男の物語です。

 鈴木忠志は、演出ノートに次のように記しています。
 ロクサーヌとクリスチャンはシラノの幻想として舞台化するのが良い。シラノも、もう一人のシラノの幻想の中に。もう一人のシラノは日本人とする。かくして、物語はフランス、音楽はイタリア、背景や演技は日本的といった組み合わせで舞台化を試みてみた。

 演出ノートを大分端折っているのでわかりにくいと思います。が、鈴木演出は原作の時代と空間を別次元に置換します。テキストの再現ではなく、テキストの精神を抽出して再現する、ということでしょう。よって、和服姿の喬三ことシラノが出現します。

 主人公・喬三を演じるのは新堀清純。身は表に出せないが、気持ちを表に出してしまう複雑な立場を幻想する、複雑な役を好演。水戸芸術劇場、静岡芸術劇場と経験を重ねて随分と貫禄が付きました。
 ロクサーヌは内藤千恵子。美しさを感じさせなければ芝居がむなしくなってしまうところ、終始、美しさを損なうことがありません。はかま姿が、毅然とした美しさをより色濃く漂わせます。空間を日本的なものに置換した意味は大きい。

 記憶は定かでありませんが、演出は静岡芸術劇場で観たときと随分変わったように思います。あらすじが変わるわけではありませんが、多少、冗長な部分を感じました。しかし、この部分を削ると話の展開が急すぎてわかりにくくなりそうです。冗長というよりは間、と表現するのが適当かもしれません。

Img_1543s  舞台を終えて喬三は、番傘を掲げて池の上の花道を遠ざかります。ナイアガラ(花火)の輝く中を。この花火のために野外劇場を使ったと知れます。遠来の観客に対する鈴木忠志のサービスでしょう。
 そういえば、冒頭の刀で切り結ぶシーン、斬られた役者が池に飛び込みました。ここでどよめきが。これもサービス。純粋に演劇を楽しむ方、とにかく利賀に来た方、各々の楽しみ方があります。

 いずれ再演の機会もあるかと思います。多少でも興味を感じて頂いたら、ぜひ、劇場まで足を延ばして下さい。それが病み付きのきっかけになるかも知れません。

 24日に書き上げましたが、通信不調で掲載が遅れました。寄り道をして、ただいま帰宅しました。何回かに分けて掲載します。来年はリアルタイムで掲載できるよう準備を進めておきます。

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2007年8月11日 (土)

「森村泰昌―美の教室、静聴せよ展」のこと

 セルフポートレートの森村泰昌が企画するユニークな美術展、次の要領で開催中です。

  会場  :横浜美術館
  会期  :2007年7月17日(火曜)から9月17日(月曜・祝日)
  開館時間:午前1時から午後6時、金曜は午後8時まで開館(入館は閉館の30分前まで)
  休館日 :木曜日

 横浜美術館は二階が展示室。エスカレータで二階に昇ると、受付とホームルームの教室があります。ただし、壁は破壊され瓦礫が散らばっています。受付の反対側の壁に、アンリ・カルティエ・ブレッソンの写真が一枚。

 外国の学校らしき建物、壁に大きな穴があいていて、通路には瓦礫が散らばっています。戦が終わったのでしょうか、嬉しげな顔で瓦礫を片付ける子供たち。脇に添え書きが。
 『今回の教室作りのベースとなったイメージ。※爆撃や災害で/町や村が壊れても/黒板と机とイスがあれば/そこはもう「教室」』

 この写真を見ていると、いろいろな思いが浮かびます。
 美しい国とは、戦争や暴力のない時間の約束されていることが最低の条件。町や村が壊されたとしても、戦争や暴力が無くなるとすれば、子供たちに笑顔が戻ります。彼我のいずれの国にも笑顔が満ちていること。それが美しい国の最低の条件ではないでしょうか。

 この写真に気づかない人が多いようです。森村泰昌のメッセージがこの一枚の写真に込められているのに、残念。

 タイトルの「美の教室、清聴せよ」からも推測されるように、学校で授業を受ける形式で作品を巡っていきます。時間割は次のとおりです。
  ホームルーム
  1時間目:フェルメール・ルーム [絵画の国のアリス]
  2時間目:ゴッホ・ルーム [釘つき帽子の意味]
  3時間目:レンブラント・ルーム [負け犬の価値]
  4時間目:モナリザ・ルーム[モナリザのモナリザの、そのまたモナリザ]
  5時間目:フリーダ・ルーム [眉とひげ]
  6時間目:ゴヤ・ルーム [「笑い」を搭載したミサイルの話]
  放課後:ミシマ・ルーム

 受付で無量の音声ガイドを貸してくれます。案内を聞きながら授業を進んでいきます。実は、二週間ほど前に、音声ガイドなしで授業参観しました。今回はガイド付きで、時間もたっぷりかけて授業を受けました。以前に森村泰昌の本を読んだことがあるので、大体はその範囲内で理解できました。しかし、セルフポートレートに取り組む意義は良く理解できます。是非、音声ガイドを借りてしっかり勉強してください。

 さて、最後に気づきました。この企画展は「美の教室」と「静聴せよ」の二つに分かれるのではないかと。放課後のミシマ・ルームは、ビデオインスタレーション。三島の、防衛庁における割腹自殺の前の演説を模した森村泰昌の演説。「清聴せよ、清聴せよ」と叫び、最後に万歳三唱。最後に上げた手を下ろす仕草に脱力感、無力感がよく現れています。俳優・森村泰昌の誕生?

 このビデオインスタレーションはとても面白く感じました。これからの作品が待たれます。しかし、夏休みで学生が多く入場しているので、授業と防課後の内容に違和感を覚えたのではないかと。まあ、他人のことは良いとして、私は違和感を覚えました。でも、現代美術を身近にする良い企画展だと思います。

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2007年8月 5日 (日)

「Kogane-Xラボ」のこと

 京浜急行線黄金町駅・日の出町駅間の大岡川沿いの一部の町並みは、横浜育ちの私でも歩くことの少ない猥雑な町でした。もう少し直截に言えば特殊飲食店の立ち並ぶ風俗街でした。

Img_1448  Bankartで見つけたチラシを頼りに、その一角にあるKogane-Xラボまで散歩しました。ラボの近所の大岡川沿いで、立ち番の若いおまわりさんから「こんにちは」と声をかけられました。予想もしなかったことで、悪いことをしているわけでもありませんが、どぎまぎしてしまいました。おまわりさんが昼間に立ち番をしていることからも、やはり特殊な町であることは否定できません。

 Kogane-Xラボはコガネックス・ラボ。元は特殊飲食店の建屋を改装したもの。「初黄・日ノ出町環境浄化推進協議会」と「横浜市大国際総合科学部ヨコハマ起業戦略コース」が協働して運営する安全・安心まちづくり拠点で、6月15日のオープンです。ちなみに、初黄とは、初音町と黄金町のこと、隣接する地域です。

Img_1445  2007年8月4日(土)~11日(土)の14時~17時の間、Kogane-Xラボにて、「KOGANE-CHO RENOVATION PROJECT」の発表会が行われています。京浜急行線高架下および周辺の街並再生のために、学生たちがアイディアをまとめて発表しています。フリップと模型の展示で、全貌を理解するのはなかなか難しいものがあります。高架下にデッキを作って立体的な空間に再構成するアイディアがいくつかありました。迷路のような街づくりは面白いと感じました。

 番をしている学生さんは「あまり人が来ない」と言っていました。メジャーな催しでもありませんし、場所も場所ですので仕方ないと思えます。
 私が感じたことは、内容は妥協できないにしろ、名前をもう少し身近にしたら、ということです。近所の人が足を向けてくれるような名前にしたらいかが、ということです。近所の人たちが興味を持ってくれなければ、アイディア倒れになってしまうことだってあります。英語やカタカナをなるべく使わない名前の工夫が必要と思います。

 でも、将来の街づくりの一翼を担おうとする心意気に対して応援したい気持ちは大いにあります。気持ちだけで具体的には何もできませんが。一読して頂いている皆さん、もしご近所でしたら足を向けて頂けませんか。そうお願いすることが、唯一の具体的な行為かもしれません。

 学生さんとの話のなかで、来年の第三回横浜アートトリエンナーレの際、周辺で何かの催しをやるようなことも聞きました。ぜひ実現して欲しいと思います。横浜アートトリエンナーレの活性化のためにも。

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「掃部山公園・虫の音を聞く会」のこと

 JR桜木町駅(横浜市)の海の反対側は小高い丘です。
 クラッシク音楽の愛好家ならご存知かも知れません。木のコンサートホール、神奈川県立音楽堂が丘の上にあります。その隣に小公園があって、名前を掃部山(かもんやま)公園と言います。

 公園からは港未来21地区が手に取るように見えます。港未来21地区の再開発前は三菱ドックで、クレーンが林立していました。京浜工業地帯の一角であることを実感させる光景です。海が見えたと思いますが、記憶は定かでありません。いつの頃から風景が変わり始めたか、それも定かではありません。

 近江彦根藩の第16代藩主、井伊直弼(いいなおすけ)。
 1853年ペリー来航、1954年日米和親条約締結。1958年の日米修好通商条約により横浜は開港の地となります。井伊直弼は、朝廷の勅許無しに独断で日米修好通商条約を調印。その後反対派であった水戸藩浪士らにより桜田門付近で暗殺されたのが、有名な桜田門外の変。

Img_1424 井伊直弼の死から暫くして、旧彦根藩士族らが井伊直弼の記念碑建立を計画し、この丘を買収、井伊家所有としました。「井伊掃部頭(かもんのかみ)直弼」に因んで「掃部山」と呼ぶようになったそうです。1914年(大正3年)に庭園部分と銅像を含めて横浜市に寄贈されました。その後に整備されて開園しました。

 横浜市の発展の礎となった開港、井伊直弼は横浜市の恩人です。よって、横浜市が公園を整備し、顕彰のために銅像を建立した、と長いこと思っていたのですが。事情は違っていました。

Img_1428  8月4日(土)薄暮から、掃部山公園で「虫の音を聞く会」が開催されました。ローカルではありますが、既に四十数回を重ねる夏の行事です。琴・尺八の演奏、模擬店、万灯(まんとう)・雪洞(ぼんぼり)の点灯、鈴虫の販売など、が楽しめました。ところで、虫の音は?

 夕食を終えてから散歩にでかけました。音楽堂のほか、県民ホール・県立図書館、横浜能楽堂が隣接しており、伊勢佐木町や関内方面に出かけるときは公園を横切っていきます。昼間はよく通りますが、夜、公園に行くことはほとんどないので結構新鮮でした。

 遠く海を眺めていたはずの掃部頭の視線の先にはランドマークタワーが聳えています。
Img_1431 2009年6月2日に、横浜開港150周年を迎えます。数々の祝賀行事が用意されているようです。1859年から150年、長いと言えば長いし、短いと言えば短いし。森鴎外作詞の横浜市歌に「・・・むかし思えば とま屋の煙 ちらりほらりと立てりしところ・・・」とあります。この先、どのような変化をしていくのでしょうか、横浜は。横浜ばかりではありません、日本は。

 掃部山公園自体に特筆するほどの特徴はありません。遠来のお客様に是非来てくださいとは言いにくい。でも、野毛山公園、野毛町、伊勢佐木町から山下公園・中華街に足を延ばせば、古い横浜の今日の姿を味わって頂けるように思います。JR桜木町駅を起点にして半日ほどの散歩コースです。

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2007年8月 4日 (土)

「横浜トリエンナーレ2008・タイムクレバスの概要について」

 主題講演会が「2008年7月28日14時~15時30分、横浜美術館レクチャールーム、水沢勉(総合ディレクター)」の要領で開催されました。主催は、横浜美術館協力会。 

 講演会は1時間半の予定でしたが、実際は2時間弱に延びました。初めの50分ほどを概要説明に、次の25分ほどをパウルツェランの詩に触れ、その次の40分ほどを海外美術展の報告・感想に費やしました。海外美術展の報告は省略して、以下に聴講の概要をまとめます。

 『2006年11月に総合ディレクターに就任した。キュレータに信頼をおいて、作家選択をまかせる。近々開催するチューリッヒの会議で30名ほどの作家を決定する。決定した作家にはできる限り横浜を見てもらう。最近の国際展では作家の選定が大きな要素になっている。ドキュメンタでは作家を公表しなかった。個人的には良いなと思った。序列をつけない作家選定は良いなと思った。キュレータの一部にも賛意を示す人もいる。第三回横浜トリエンナーレはそこまでいけるか判らないが。』

 『最近、人間が生きていくことに関する言葉がキーワードになる。何でも包み込むような「スーパー」のような言葉は主義主張を表明しないので、個人的には好まない。最近の美術展は経済効果を含めた商業主義に傾いた内容が多い。ドキュメンタには華がない、有名な作家はいない。よって、ジャーナリズムからは不評である。』

 『時間が無数の傷を負っている。しかし、それを誰も見ることはできない。感じることができるだけである。戦争とか暴力があるし、家族の諍いもある。相互にぶつかり合えば傷ができる。地球規模の暴力、それを温存させたまま、いつのまにか合理化している。図式化された価値感では説明できない。自他の状況そのものが捉えがたいという複雑で困難に陥った状況が、現状をさらに悪化させるという悪循環が生まれているのではないか。』

 『視覚を中心とした空間表象による世界観の把握、言い換えるなら視覚による世界の支配の論理ばかりがあまりにも優先されてきた。近代的世界システムの大きな矛盾である。たとえば、小さな石の視覚情報を簡単に共有できる。そこに秘められた時間の情報について、視覚情報はあまりにも不完全なものしか得られない。それを触った時の感触(触覚)、匂い、叩いた時に発する音、舐めてみた時の味、なども総動員して、初めて石の時間を豊かに感じとることができる。石の時間の傷を、大げさにいうならばそこに潜む時間のクレバスも、全感覚が励起されることで感じられる。』

 (投影資料)
   対話の彼方   Beyond Dialogue
   彼方の対話   Beyond-Dialogu

 『対話は目の前で起きる。それでは何かが足りないので彼方で起きる対話にも耳を傾ける。』

 『モネの睡蓮は、焦点がない奇妙な絵である。日本人には違和感がない。ヨーロッパ(文化圏)では、テーマがあり、中心となるモティーフが明確にある。芸術作品は万国共通ではないということ。モーツァルトのトルコ行進曲を宮廷で聴いている感覚が、(私たちには)なかなかわからない。(オーストリアは)オスマントルコにもっとも近い国であることが影響している。』

 『判りにくいことが私たちの感覚を呼び起こす。何かを考えるきっかけになる。日常的なことは芸である(職人芸)。アートとの一線が引かれている。彼方の対話が私たちの恵みである。そういうところにも光をあてたい。』

 井筒俊彦 意識を本質の中の「対話と非対話」に影響を受けていると話す。 

 『20世紀の大詩人、少なくともドイツ語圏で。』

 (投影資料、和独語で。訳は講演者によるものと思われる。遂次解説しながら) 

  パウルツェラン「息の折り返し」1967年

  腐食させ、剥ぎ取る
  汝が語る、光に射抜かれた言葉の疾風が
  浅はかな体験の色とりどりのおしゃべりを
     ---- 私の百枚舌の 
  詩、非-詩を

  旋風に吹きさらわれ
  視界の開けた
  道を ひとのすがたをした雪
  贖罪者の氷柱 なかを歩み
  もてなしの準備万端整った
  氷河の部屋へ入り、氷河のテーブルにつく

  深く
  時間のクレヴァスのなか  ( ZeitenSchrunde )
  気泡だらけの氷のそば
  息の結晶
  汝のゆるぎなき証人 
  それが私を待っている 

 『この詩に僕は勇気付けられる。人間が生まれて最初に吸った息は、死ぬと時に最後の息として吐き出す。息のクリスタルに最後に出逢う。』

 『これから、会場が作りこまれて作品が来る。用意が整ってないといけない。会場に入った瞬間に誰がやったかわかる。現代美術は、一番突き詰めたものを作れる。金額に振り回されたら良いものはできない。新港埠頭に作りたい。8月以降、企画は具体的に発表されていく。』

 地元で開催される横浜トリエンナーレが充実したものになることを期待しています。もう少し具体的な話が聞けるかと思いましたがまだまだのようです。話すにも限界があるでしょうけど。これから急速に展開するのでしょう、1年と少しの時間しか残されていませんが。

 うまくまとまっているとも思えないのですが、興味ある方に、多少でも参考になればと思います。

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