「赤目四十八瀧心中未遂」のこと
かれこれ5年ほど前のことです。阪神尼崎駅構内にあるシュークリーム屋の店頭に、ロックンローラー・内田裕也サインの色紙が飾ってありました。シュークリーム屋と内田裕也の関係がミスマッチに思えて、何か釈然としなかった思いが記憶に残ります。
「赤目四十八瀧心中未遂」とは、車谷長吉の小説です。あるいは、荒戸源次郎監督による同名の映画のことです。映画には、大西瀧次郎、寺島しのぶ、大楠道代、内田裕也が主要な役で出演。
赤目四十八瀧とは、三重県名張市の赤目渓谷に数多くある瀧の総称。心中未遂と続けば、既に結論は出ています。しかし、荒戸源次郎が一読して映画化を請い、寺島しのぶが一読して出演希望を読者カードに記して送ったほどの魅力が、この小説にはあります。
さて、ここからは映画の話題を中心にします。
映画をほとんど見ない主義の私も、「赤目四十八瀧心中未遂」は原作を読み、既に無くなった横浜・伊勢佐木町の外れにある映画館で二度も見ました。私の場合、他にも興味がありました。それは8年弱、仕事の関係で起居した尼崎の町がどのように映像化されるか、ということでした。
話は、食い詰め者の主人公が釜が崎から尼崎に流れ着くところから始まります。
阪神尼崎駅構内、「憂いの国に いかんとするものは 我を潜れ」と書かれた掲示板を見入る主人公に、内田裕也紛する刺青師・彫層が煙草の火を借りる場面です。
寺島しのぶ扮する綾は彫層の囲い者。背中に伽稜頻伽(かりょうびんが)の刺青。主人公と同じ場末のアパートに住んでいます。主人公はやがて綾に惹きつけられ、この世の外に出ることに同調していきます。寺島しのぶは背中の刺青をさらして好演、汚れ役でありながら惚れ込んだ綾の魅力を十二分に発揮しています。
内田裕也は独特の雰囲気で刺青師・彫層を演じ、彫層なのか内田裕也なのか、狂気を感じさせる怪演。
大楠道代扮する勢子姉さん。主人公を突き放しながらも暖かく見守る焼き鳥やの女主人を見事に演じています。この映画の魅力の半分は大楠道代にあります。
新人・大西瀧次郎扮する主人公・生島与一。アパートの一室で臓物を捌いて焼き鳥の串を作り、やがて綾に惹かれていく役柄を、淡々と演じています。多くの演技をしているようには思えません。しかし、練達の俳優陣に囲まれていては、返ってそれが功を奏しています。
尼崎市は人口50万人弱の大都市であり、市域は広範にわたります。
ここに言う尼崎の町とは、阪神尼崎駅から神戸よりに次の駅である阪神出屋敷駅の間に広がる巨大な商店街を中心とする一角です。記憶にある風景と比べて、およそこの範囲内で撮影されているように思います。
さて、尼崎の町は。
随分と色濃く表現されていたように思います。尼崎を短く表現すれば、猥雑な町、でしょうか。何でも飲み込んで逞しく生きていくような、そのような意味の尼崎を色濃く感じられました。見かけた風景もありましたが、私の視線とは異なる映像も多々ありました。映像表現の面白さ、奥深さを強く感じました。
「映画・赤目四十八瀧心中未遂」は、DVDで発売されています。もう一度映画を見たくて通販などを散々探したのですが、入手できませんでした。先日、大型電気店に行ったついでに棚を見たら、何と3枚も並んでいました。何のことはない、身近なところから探せば良かったのです。
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