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2007年7月

2007年7月29日 (日)

「ボルタンスキープレゼンツ La Chaine」のこと

 日仏現代美術交流展と銘打つ美術展。会期等は次のとおりです。

  日程:2007年7月6日(金)-8月26日(日) 11:30 -19:00
     *8月13日(月)~17日(金) は全館休館  
  会場:BankART 1929 Yokohama、BankART Studio NYK
  作者:日仏各5人。ボルタンスキーは三作品、他の作者は一作品の展示です。

 会場は、横浜・JR桜木町駅からから山下公園方面に徒歩5分の BankART 1929 Yokohama 。さらに10分弱歩く BankART Studio NYK に分散しています。

 前者は歴史的建造物である旧横浜銀行本店・別館。三角地に建った半円形のバルコニーを持った特色ある建築の一部。それが後方に新設された横浜アイランドタワーと一体化されています。
 後者は赤レンガ倉庫を望む海に面した旧日本郵船倉庫。三階建ての倉庫で、建屋の一部に古いコーヒー豆などが床にちらばっていてありしし日の面影を感じられます。常設展示も観ることができます。

 作品は映像インスタレーション主体です。その中から、ボルタンスキーの三作品を振り返えってみます。

 旧銀行ホールは「L’horologe palante」と「Entre Temps」。私は一作品と思っていたのですが、頂いたチラシで二作品と確認。前者がサウンドインスタレーション、10秒ごとの時刻を延々と読み上げます。後者は、恐らく同一人物の年代の異なる顔写真だと思いますが、モーフイング゙により徐々に変化していきます。

 旧銀行地階はの「6 September」。彼が生まれてから現在に至る60有余年(あるいはもっと?)、彼の誕生日である9月6日のニュース映像を繋げて早送りで見せます。

 倉庫は「L’homma qu tousse」。倉庫のような場所で延々と咳き込む人、血を吐き出しながら。

 前二者(三者)は、過去に対峙することで人びとの営みが永遠に続くことを鋭く示唆するボルタンスキーの特徴を感じ取ることができました。しかし「6 September」は、映像が欧米系(?)のもので内容がわからず、いま一つ突き詰めた印象に至りません。もし日本の映像が使われていたら、瞬間的とはいえもう少し感じることは多かったと思います。

 越後妻有におけるボルタンスキーのインスタレーションは、決して強く迫るわけではないけれど心に染み入るものがありました。今回の作品がやや弱く感じるのは映像インスタレーションに起因するものか、内容か、はたまた私の感受性によるものか、良くわかりません。

 倉庫の作品は、やる切れなさを感じるものの意図に迫れません。ボルタンスキーも、このような作品を製作する、ということが強く印象に残りました。

 他に次の作品を面白く感じました。
 ブノワ・ブロワサの「Bonnaville」。線描による町の中を、空中を浮遊する視点が移動していく作品。
 伊藤春の「ビック・フッテージ」。ハーフミラーを使用して二つの映像を合成してみせる作品。内容は認識できていません。

 誰もが興味を持てる内容とは思いませんが、横浜の歴史的建造物を見ながらふらっと立ち寄られたらいかがでしょうか。そのついでに最先端の芸術に触れてみる、それも有りかと思います。

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2007年7月21日 (土)

「赤目四十八瀧心中未遂」のこと

 かれこれ5年ほど前のことです。阪神尼崎駅構内にあるシュークリーム屋の店頭に、ロックンローラー・内田裕也サインの色紙が飾ってありました。シュークリーム屋と内田裕也の関係がミスマッチに思えて、何か釈然としなかった思いが記憶に残ります。

 「赤目四十八瀧心中未遂」とは、車谷長吉の小説です。あるいは、荒戸源次郎監督による同名の映画のことです。映画には、大西瀧次郎、寺島しのぶ、大楠道代、内田裕也が主要な役で出演。

 赤目四十八瀧とは、三重県名張市の赤目渓谷に数多くある瀧の総称。心中未遂と続けば、既に結論は出ています。しかし、荒戸源次郎が一読して映画化を請い、寺島しのぶが一読して出演希望を読者カードに記して送ったほどの魅力が、この小説にはあります。

 さて、ここからは映画の話題を中心にします。

 映画をほとんど見ない主義の私も、「赤目四十八瀧心中未遂」は原作を読み、既に無くなった横浜・伊勢佐木町の外れにある映画館で二度も見ました。私の場合、他にも興味がありました。それは8年弱、仕事の関係で起居した尼崎の町がどのように映像化されるか、ということでした。

 話は、食い詰め者の主人公が釜が崎から尼崎に流れ着くところから始まります。
 阪神尼崎駅構内、「憂いの国に いかんとするものは 我を潜れ」と書かれた掲示板を見入る主人公に、内田裕也紛する刺青師・彫層が煙草の火を借りる場面です。

 寺島しのぶ扮する綾は彫層の囲い者。背中に伽稜頻伽(かりょうびんが)の刺青。主人公と同じ場末のアパートに住んでいます。主人公はやがて綾に惹きつけられ、この世の外に出ることに同調していきます。寺島しのぶは背中の刺青をさらして好演、汚れ役でありながら惚れ込んだ綾の魅力を十二分に発揮しています。

 内田裕也は独特の雰囲気で刺青師・彫層を演じ、彫層なのか内田裕也なのか、狂気を感じさせる怪演。

 大楠道代扮する勢子姉さん。主人公を突き放しながらも暖かく見守る焼き鳥やの女主人を見事に演じています。この映画の魅力の半分は大楠道代にあります。

 新人・大西瀧次郎扮する主人公・生島与一。アパートの一室で臓物を捌いて焼き鳥の串を作り、やがて綾に惹かれていく役柄を、淡々と演じています。多くの演技をしているようには思えません。しかし、練達の俳優陣に囲まれていては、返ってそれが功を奏しています。

 尼崎市は人口50万人弱の大都市であり、市域は広範にわたります。
 ここに言う尼崎の町とは、阪神尼崎駅から神戸よりに次の駅である阪神出屋敷駅の間に広がる巨大な商店街を中心とする一角です。記憶にある風景と比べて、およそこの範囲内で撮影されているように思います。

 さて、尼崎の町は。
 随分と色濃く表現されていたように思います。尼崎を短く表現すれば、猥雑な町、でしょうか。何でも飲み込んで逞しく生きていくような、そのような意味の尼崎を色濃く感じられました。見かけた風景もありましたが、私の視線とは異なる映像も多々ありました。映像表現の面白さ、奥深さを強く感じました。

 「映画・赤目四十八瀧心中未遂」は、DVDで発売されています。もう一度映画を見たくて通販などを散々探したのですが、入手できませんでした。先日、大型電気店に行ったついでに棚を見たら、何と3枚も並んでいました。何のことはない、身近なところから探せば良かったのです。

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2007年7月15日 (日)

「横浜市内にある幻の廃線跡」のこと

 私が小・中学生のころ、国鉄(当時、1982年にJRへ)職員を親にもつ友達が多くいました。学区内に国鉄官舎があったからです。官舎は庭付きの一戸建て、庭があってまさきの生垣が取り囲む形式が多かったように思います。

 初夏の頃でしょうか、ホンチと呼ばれる蜘蛛二匹を喧嘩させる遊びがありました。横浜近辺の遊びでしょうか、それとも全国で行われていたのでしょうか。官舎の生垣はホンチを探す絶好のポイントでした。

 官舎は東西に一直線に並んでいました。決して二列になることはありません。途中、警察署や消防所などで途切れる部分はあります。しかし、官舎を繋げばあくまで東西一直線なのです。

 官舎を延長すれば、横浜駅付近と下り方面の次の駅である保土ヶ谷駅(東海道線は停車しない)の途中で接するような感じです。最も離れている地点で南へ300メートル程度、現在の横浜駅を基準にすれば、駅を出た電車は少し南下してから西に向きを変えるような感じです。

 子供の頃は友達の家としか思いませんでした。しかし、いつの頃からか、これは線路跡ではないかと思うようになりました。思いは思いのまま、恐らく数十年が続きました。

 現在、横浜駅は東急東横線の地下鉄乗り入れに伴う改良工事が続いています。新しい通路ができたりして、その壁面に横浜の歴史のようなことが書いてあったりします。そのなかの古い地図を見て目の上の鱗が落ちました。やはり、線路跡と思っていた場所は、昔、東海道線が通っていたのです。

Photo  現在の横浜駅は三代目。初代横浜駅は現在の桜木町駅、汽笛一声新橋を離れた汽車が到着したところ。二代目はその中間、今は廃線になった東急東横線高島町駅付近。現在の横浜駅を基準にすれば、南に300mほど離れた位置と推定できます。

 『1928年(昭和3年)10月15日 - 横浜駅がさらに北側、現在地に移転。東海道本線を現在のルートに変更。出典: フリー百科事典ウィキペディア』

 三代目の横浜駅、すなわち現在の横浜駅の誕生です。そして、幻の廃線跡が出現したということのようです。廃線跡と判れば、後はいくらでも調べることはできます。が、それはここまでにしておきます。

Img_1359  さて官舎ですが、その後JR社宅に変わりました。社宅になったのが早いか、建て替えられたのが早いかは定かでありませんが、ホンチをとった当時の社宅はとっくにありません。そのJR社宅も、最近、全ての人が立ち退いたようで、人が入れないように周囲を囲んでしまいました。今後、JR社宅がどうなるかは知りません。

 私の小・中学校の友達もずいぶん以前に他所に移っています。50年ほど前の思い出がさらに遠のくようです。

 「竹馬や いろはにほへと ちりじりに  万太郎」

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2007年7月 7日 (土)

「利賀フェスティバル2007」に行くこと

 一般的な話として、ブログに記事を掲載したらどの位の方に読んで頂けるのでしょうか。私の場合、1日の平均で6~7名の方からアクセス頂いています。

 たとえば、最近4ヶ月のアクセス履歴によると、ページ別のトップは、7月1日掲載の『「野村萬斎・国盗人」のこと』で40アクセスです。次は4月15日掲載の『直島・地中美術館のこと』、その次は昨年8月11日掲載の『「利賀フェスティバル2006」に行くこと』です。

 アクセスの傾向も興味深く感じています。『「野村萬斎・国盗人」のこと』のように一週間で一気に読んで頂くページ、一年を経過してなお耐えずに読んで頂く『「利賀フェスティバル2006」に行くこと』のようなページ。どのような形でも読んで頂いている多くの方に感謝します。

 さて、前おきはこれくらいに止めて本論です。

 1週間ほど前に「利賀フェスティバル2007」のチラシが郵送されてきました。また夏休みの計画をたてようとの気持ちになります。昨年は仕事の関係で名古屋近郊から出発しました。今年は自宅に戻っていますので横浜からの出発です。

 途中、4年ほど抜けましたが今年で16回目になります。考えれば今年で20年目です。初めて出かけたとき、このようなことになるとは思いもしませんでした。今になると多くの思いが残っています。が、それはまたの機会に書きたいと思います。

 今年の日程は、8月17日(金)・18日(土)および23日(木)・24日(金)・25日(土)です。私は後半に出かけるつもりです。

 後半は日本のカンパニーばかりで国際色はありません。目玉となる出し物は「世界の果てからこんにちは」、18日・25日の野外劇場です。初演は1992年の「世界そば博覧会in利賀」の年と記憶します。

 鈴木忠志名場面集とでもいうようなご祝儀もの、元祖花火芝居です。昨年は「カチカチ山・花火版」で花火が打ち上げられましたが、無理やり押し込んだ感じもしました。それに引き換え、「世界の・・」は花火用(?)のオリジナルですから見ごたえがあります。封印されたはずですが、5年ぶりに新演出で登場です。詳しくはHPで確認願います。例年通りなら、終演後に鏡割りをして行く夏を惜しむことになるはずです。

 富山の近辺にお住まいであったり、旅行などで近くに居る予定の方、利賀村まで足を延ばしてみませんか。山奥の過疎の村の野外劇場が満員になる光景を見るだけでも損はしないように思います。花火と樽酒付(予定)でどうでしょうか。

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2007年7月 1日 (日)

「野村萬斎・国盗人」のこと

 世田谷パブリックシアターで公演中の「野村萬斎・国盗人」を観劇しました。6月30日、前より2列目のほぼ中央。舞台を多少見上げる状態ですが、役者の息遣いが聴こえるほどの位置です。

 「国盗人」とは、「シェークスピア・リチャード三世」を狂言の発想で新たに構築した新作。悪三郎はグロスター、後のリチャード三世。理智門はリッチモンド、杏はアンと、和名に置き替えられています。

 演出は野村萬斎。出演は悪三郎が野村萬斎、杏ほか女性の主要な役を白石加代子が。そのほか、狂言師、現代演劇など様々のジャンルからの寄り合い所帯。音楽は笛・囃子の生演奏。衣装はコシノ・ジュンコ。まるで異種格闘技を思わせる状況ですが、一見雑然に見える状態が緊張感や活力を生み出したと思います。

  舞台は能舞台を連想させます。と言うより、能舞台の変形ととらえて良いでしょう。
 前方へ多少傾斜した高床式。左右に立つ柱は幾多の戦を得たかのごとく焼け爛れています。舞台と左右の袖を繋ぐ橋掛かり状の通路が左右に二本ずつ。階(きざはし)を思わせる階段が、舞台を客席にまで拡張します。鏡板の部分はブラインドになっていて、状況によって奥舞台の視界を遮ったり、後方の様子を見せたりします。ブラインドの中央には開閉可能な扉があって、前舞台と奥舞台を繋ぎます。

 開演前の客席に蝉時雨が降り注ぎます。やがて、白いドレスに白い日傘を持った白石加代子が客席後方から階段を昇り、舞台中央置いてある能面(狂言面か?名前は知らない)を手にします。やおら「夏草や 兵どもが 夢の跡」。舞台は、一気に赤薔薇一族と白薔薇一族による権力争いの時代へと変わります。

 剣を杖代わりに不自由な体を揺らして悪三郎が舞台後方から正面に進みます。一気に萬斎の世界へ。

 テキストを読んでいるので物語の大筋は理解できます。しかし、狂言仕立てで演じる翻案の面白みは、もっと深くテキストを理解していなければわかりません。良い観客であるのも大変ですが、まあ、そんなに堅苦しく考える必要もないでしょう。

 幾多の殺戮を重ねて王へと上り詰める後半はテンポよく進みます。

 戦い前夜、夢枕に立つ、かって手にした亡霊達に苦しめられる悪三郎。
 舞台前方に悪三郎、後方に理知門が横たわり、二人の間に現れる亡霊達。悪三郎には呪いの言葉を、理知門には励ましの言葉を。戦場をはさんで対峙する両者を、三間四方(?)の舞台に凝縮、これぞ演劇の醍醐味。

 この場面は、重厚に荘厳に進んで欲しい思いもします。しかし、あまり重くなっても狂言への翻案からはずれるように思います。悪三郎と理知門(今井朋彦)との台詞のやり取りも、両者の性格を際立たせて圧巻でした。狂言師と新劇役者が演じることの面白さもあります。

 役名を和名に置き換えていることは複雑な人間関係を判りにくくします。舞台も、冒頭に述べた範囲の変化ですから、多くの場面展開を理解しにくく、これらは狂言仕立ての難点のように思いました。が、これらの点が整理されたら、それこそ狂言仕立ての良さがさらに際立つでしょう。

 萬斎は、とことんシリアスに悪三郎を演じていません。しかし、権力への執着、人間不信、残酷な悪三郎の人間性を体全体で表現していました。本来は小心者であろう悪三郎がかえってよく伝わってきます。
 マイクを握って歌うなどは予想だにしませんでしたがファンサービスか。

 さて、白石加代子。四役をこなして大変とは思いますが、演技はさすがに重厚。ただし、見る側の私が追いついていけない嫌いがあります。一役だけではもったいないけれど、女性役にそう重みはないし。さりとて四役では混乱もするし。課題の一つかもしれません。

 この後の公演は、世田谷パブリックシアターが7月14日まで。兵庫県立芸術文化センター公演が7月25日~27日。りゅーとぴあ新潟市民芸術文化会館が8月1日。

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