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2007年5月 6日 (日)

北鎌倉から長谷大仏へハイキング

 JR横須賀線北鎌倉駅下車、駅前の鎌倉街道を鎌倉方面に進みます。

Img_1175 歩く間もなく東慶寺、通称縁きり寺。明治時代後期までは尼寺で、駆け込めば離縁できる女人救済の寺だったそうです。車の行きかう鎌倉街道に面しているものの寺域は奥深く、穏やか雰囲気が感じられます。写真のやぐらは後醍醐天皇皇女・用堂女王墓、一対の花を除けば他に飾りもありませんが美しさが感じられます。著名人の墓も多いと聴きますが、過去にも訪ねたことはありません。

Img_1182  東慶寺から鎌倉街道を少し歩くと浄智寺。人出が多くて雰囲気は多少ざわついていましたが、それでも禅寺らしい厳格な雰囲気が感じられました。入り口にある鎌倉十井のひとつ「甘露の井」を見ながら寺域に歩を進めると、鎌倉街道から数十m奥に入るだけですが、山に分け入る思いがします。

Img_1190 浄智寺を出て山道を20分ほど進むと源氏山公園に着きます。一角に葛原岡神社、明治中期の建立で祭神は日野俊基。少し離れて日野俊基墓があります。後醍醐天皇を中心とする2度の鎌倉幕府倒幕に加わった罪で、葛原岡で処刑されたとあります。

 Img_1197山道を一度下って銭洗弁天に寄りました。この銭洗井の水でお金を洗うと、10倍にも100倍にも増えるとも言われます。いつでも善男善女でにぎわっています。

 少し歩くと佐助稲荷。「伊豆の蛭が小島に流された源頼朝の夢枕に立った祭神が、平家討伐の挙兵を告げた。目的を果たした頼朝は、部下に命じて稲荷の社殿を造営させた。頼朝は若い時に佐殿と言われていた。その佐殿を助けた神と言うことで佐助稲荷と言われた。」と由来にあります。境内には沢山の朱塗りの鳥Img_1202居が並んでいます。奥社の脇の急坂を登ると、ハイキングコースに戻ります。この後、山道を30分ほど歩いて長谷大仏裏山に至ります。

 今回、長谷大仏は素通り。江ノ電・長谷駅から鎌倉に戻ろうと思いましたが満員。そのため由比ガ浜まで足を延ばして潮風を浴びました。さらに裏道を通って鎌倉に戻りました。歩くだけなら約2時間の行程、寺社めぐりを含めて約4.5時間でした。

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