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2007年5月

2007年5月21日 (月)

「横須賀美術館」のこと

 日本最初の洋式灯台がどこにあったかご存知でしょうか。それは三浦半島観音崎、観音崎灯台は1869年2月11日完成・初点灯したそうです。

Img_1256  横須賀美術館は、その観音崎灯台の至近に位置します。海岸から立ち上がる小高い丘陵の裾に、白を基調にした建物が輝いています。4月28日に開館したばかりですからまだ一ケ月も経過していない初々しさもあります。一部2階ですが、展示室は1階と地階。屋上からは、美術館の前に広がる東京湾、手に取るような近さで房総半島が望めます。

Img_1261  また、屋上から背後の丘陵へと歩を進めることができます。丘陵には、砲台跡、小公園、今回は行きませんでしたがふれあいの森、などがあります。もちろん観音崎灯台も。美術館と自然を同時に楽しむ、そんな一日を計画したら素敵だと思いました。そして、そのような方が多いように思えました。小さな子供さんも多く、純粋に美術館を楽しみたい方は多少落ち着きの無い雰囲気と感じるかも知れません。

 開館記念展示は「近代日本美術を俯瞰する」。タイトルから察し着くとは思いますが、1900年以降の作品が展示されています。浅井閑右衛門の絵が二十数枚、大半が館蔵品のようですから横須賀美術館の目玉かも知れません。その他、一度は聞いたことのある(見たことのある)名前が並んでいました。

 私は中村彝「少女」が目当て。16日の朝日新聞・夕刊の美の履歴書に掲載されていて、「お、中村彝」、見に行こうと思ったわけです。正面を見据えた眼、ふっくらとした顔立ちに長い髪、ふくやかな上半身。限りない未来を感じさせます。

 この絵は初見でした。赤と黒のチェックのカーテンの前でポーズする「少女」を何回か見ていて、中村彝といえばそれが思い浮かびます。今回展示されている「少女」も記憶に残る一枚になりそうです。屈託の無い少女と中村彝の少女への愛が、「少女」を生み出したように思います。

 故洲の内徹が「盗んでも手元におきたいと思う絵が良い絵だ」と言うようなことを書いていたと記憶します。私にとって「少女」は、そのような一枚です。「二枚は無理だからどちらか一枚にしろ」と親分に言われたら、最初に見た赤と黒のチェックのほうを選びます。すいません、物騒な話で。

 一部図入りの出品目録を300円で購入しました。コピーでも良いので出品リストは欲しいと思いますが、何千円もするそれを買う気はありません。300円の出品目録なら喜んで購入します。これからの企画展でも継続して欲しいと思います。と同時に他の美術館にも販売することを要望します。

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2007年5月13日 (日)

「かきつばた」のこと

90515_21_1  来週火曜日、5月15日は京都・葵祭の日です。一度だけ、鴨川堤を静々と進む姿を見ただけで多くは知りません。しかし、祇園祭を動とすれば葵祭は静、薫風の中を通り過ぎていく行列は風雅そのものでした。行列は京都御所を出発して上加茂神社に至ります。

  上加茂神社の隣に大田神社があります。私の中では、大田神社と言えばかきつばたです。神社の入り口にある湿地に自生のかきつばた群落が90515_26 あります。心してかきつばたを見たのは初めてでした。既に8年ほど前のことですが、そのあでやかさは今も強く記憶に残ります。ベストショットを掲載しておきます。

 愛知県刈谷市小堤西池の自生のかきつばた群落も見事でした。野球場が3つ4つ、あるいはもう少し広いかも知れません。その広い範囲がかきつばたで埋まります。少し離れてはいますが、民家も見えて、自動車も走っています。その中にあって自生のかきつばたが残っていることが、不思議な気もしました。写真を探したのですが、どうもファイルをつぶしてしまったようで掲載できません。ショック。

 さて、かきつばたと言えば三河八橋も思い浮かびます。
 名鉄・三河八橋駅の近くの八橋山無量寿寺には業平旧跡があります。かきつばた苑もあって、3万本ほどのかきつばたが栽培されています。小堤西池から南へ10Kmほどの位置関係になります。

 『・・・ 三河の国、八橋といふ所に至りぬ。 ・・・ その沢にかきつばたいとおもしろく咲きたり。それを見て、ある人のいはく、「かきつばたといふ五文字を句の上にすうて、旅の心をよめ。」と言ひければ、よめる。 
  唐衣きつつなれにしつましあればはるばるきぬる旅をしぞ思ふ
とよめりければ、みな人、乾飯の上に涙落として、ほとびにけり。(伊勢物語・九段・東下り)』

 これから暫くがかきつばたの季節です。見に行く機会ができると良いと思っているのですが、花の命は短くて。

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2007年5月 6日 (日)

北鎌倉から長谷大仏へハイキング

 JR横須賀線北鎌倉駅下車、駅前の鎌倉街道を鎌倉方面に進みます。

Img_1175 歩く間もなく東慶寺、通称縁きり寺。明治時代後期までは尼寺で、駆け込めば離縁できる女人救済の寺だったそうです。車の行きかう鎌倉街道に面しているものの寺域は奥深く、穏やか雰囲気が感じられます。写真のやぐらは後醍醐天皇皇女・用堂女王墓、一対の花を除けば他に飾りもありませんが美しさが感じられます。著名人の墓も多いと聴きますが、過去にも訪ねたことはありません。

Img_1182  東慶寺から鎌倉街道を少し歩くと浄智寺。人出が多くて雰囲気は多少ざわついていましたが、それでも禅寺らしい厳格な雰囲気が感じられました。入り口にある鎌倉十井のひとつ「甘露の井」を見ながら寺域に歩を進めると、鎌倉街道から数十m奥に入るだけですが、山に分け入る思いがします。

Img_1190 浄智寺を出て山道を20分ほど進むと源氏山公園に着きます。一角に葛原岡神社、明治中期の建立で祭神は日野俊基。少し離れて日野俊基墓があります。後醍醐天皇を中心とする2度の鎌倉幕府倒幕に加わった罪で、葛原岡で処刑されたとあります。

 Img_1197山道を一度下って銭洗弁天に寄りました。この銭洗井の水でお金を洗うと、10倍にも100倍にも増えるとも言われます。いつでも善男善女でにぎわっています。

 少し歩くと佐助稲荷。「伊豆の蛭が小島に流された源頼朝の夢枕に立った祭神が、平家討伐の挙兵を告げた。目的を果たした頼朝は、部下に命じて稲荷の社殿を造営させた。頼朝は若い時に佐殿と言われていた。その佐殿を助けた神と言うことで佐助稲荷と言われた。」と由来にあります。境内には沢山の朱塗りの鳥Img_1202居が並んでいます。奥社の脇の急坂を登ると、ハイキングコースに戻ります。この後、山道を30分ほど歩いて長谷大仏裏山に至ります。

 今回、長谷大仏は素通り。江ノ電・長谷駅から鎌倉に戻ろうと思いましたが満員。そのため由比ガ浜まで足を延ばして潮風を浴びました。さらに裏道を通って鎌倉に戻りました。歩くだけなら約2時間の行程、寺社めぐりを含めて約4.5時間でした。

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2007年5月 5日 (土)

祝・端午の節句

20070505_01  数日前、鎌倉由比ガ浜海岸で雄大なこいのぼりを見ました。どのように雄大か、少しピンボケですが写真を見ていただければ一目瞭然。これほど高く、悠々と泳ぐこいのぼりは見たことがありません。大きな凧を上げ、その糸にこいのぼりを結びつけて泳がせていたのです。良い天気で海岸は多くの人でにぎわっていました。そして、こいのぼりを見上げて楽しんでいました。

20070505_02  もう大分前のことです。大和・当麻で美しいこいのぼりを見ました。木の頂部の枝を残し、下部を白木に仕上げた柱にこいのぼりを上げていました。写真では柱のきらきらした感じは伝わらないと思いますが、実際は初夏の陽射しに光り輝いていました。

 その時にひらめいたのがひもろぎ(神籬)。ひもろぎとは、神事をとりおこなう際、臨時に神を招請するための依り代のことです。邪気を払って子供の健やかな成長を祈念する、そのことと何か関係があるのでしょうか。調べもせずにそのままになっています。

 全ての子供が幸せでありますように。

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