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2007年4月22日 (日)

イサムノグチ庭園美術館のこと

Isamu2 源平古戦場である屋島の中腹から牟礼の町を遠望します。屋島も牟礼も初めて訪れるのですから、「イサムノグチ庭園美術館」がどこにあるかは見当もつきません。雑誌で見た建屋のイメージと案内板を頼りに、ここら辺りだと位置決めして写真を撮りました。カメラでは判別できませんでしたが、後にパソコンで確認すると、見事、中央に写っていました。多少、目標とした建屋は異なっていたのですが結果良し。

Isamu3  牟礼から庵治に向かう道路を折れて美術館前に至りますが、この曲がり角がわかりませんでした。私はレンタカーを利用していましたが、行ったり来たり数度、ようやく案内の看板を見つけました。判りにくいので要注意です。

 美術館は、小さな道を挟んで二つに分かれています。一方がアトリエ・展示倉、他方がイサム家・彫刻庭園です。それぞれで30分ほどが見学可能な時間です。

 アトリエは掃き清められていて歩くたびに足跡が残ります。三十人ほどの見学者が作品を見て回るわけで、すぐに足跡だらけになってしまいます。でも、きれいにしてから見学者を迎え入れてくれる気持ちが嬉しいです。

 アトリエには、完成、未完成の作品が所狭しと展示されています。個々に好きな作品もありましたが、ここは全体で一つの作品と感じました。個々の作品を一つ一つ鑑賞するのも良いのですが、アトリエ全体の雰囲気を感じるのが極上と思いました。

 展示倉には「エナージーボイド」を筆頭に大作5・6点が展示されています。
 「エナージーボイド」は、一昨年、札幌で、屋外展示されているのを見ました。今回は室内展示ですが、随分と印象が異なります。室内に差し込む光の関係で、輝く部分と陰影が明確になって、先鋭さをより強く感じました。

 「エナージーボイド」のような大作にはしっかり対峙して、何かを理解したいと思います。しかし、そのように思う以前に畏敬の念を抱いて、すごすごと引き下がってしまう、と言うのが本音です。基礎知識をしっかり仕入れておく必要があります。

 「形の良い自然石がきれいに二つに割れたので、そこに骨を収めた」、このような内容の文書を芸術新潮で見かけたのは二十年近く前でしょうか。添えられた写真から、暖かな日差しの小高い丘で永眠するイサムノグチの印象が頭に刻み付けられていました。

 彫刻庭園はのどかな雰囲気で、ゆったりした気持ちになります。桜には早い時期でしたが、静かに花見をするのも一興だと思いました。例の石は印象のままに、庭園の一段高い場所にありました。印象と寸分違わない雰囲気であったので、何かわかりませんがほっとした気分になりました。

 「イサムノグチ庭園美術館」は予約制で、時間の制限もあって、鑑賞するための制約があります。陽気の良い時期に、シートでも広げて寝転んでいたい気持ちもしますが、それも不可能です。良い環境を維持するためには多少の制約は仕方ないかも知れません。イサムノグチ本人の意向でもあるようです。

 直島への往路に組んだ予定でした。ようやく、念願かなって「イサムノグチ庭園美術館」を訪れることができました。直島からの復路に丸亀市猪熊弦一郎現代美術館による予定でした。残念ながら、ミスがあって今回は訪問できませんでした。次の機会は入念な予定を立てたいと思います。

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