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2006年11月30日 (木)

東京国立博物館「仏像」展のこと

 10月3日から開催されていた「仏像」展、会期は12月3日までですが、先日、ようやく鑑賞できました。東京・横浜は遠いこともありませんが、仕事や家の都合もあって会期末近くになってようやくでかけました。

 当日は雨の日曜日でしたが、多くのお客さんが入場していました。JRの多くの駅に大判のポスターが掲示されているので、その影響も多分にありそうです。しかし、良い企画であるから多くの人をひきつけていることは確かでしょう。多くの人が入場することは歓迎すべきことですが、ゆっくりと鑑賞できない難点が生じます。

 「一木にこめられた祈り」の副題が示すように、一木から彫り出された仏像ばかりです。全体的に素朴なつくりです。木肌が現れたり、目鼻立ちが鮮明でなくなりつつある仏像もあって、いずれは土に戻る人間らしさ?も感じました。

 順路の初めは国宝・重文の十一面観音が10体以上並んでいます。これは何とも贅沢な光景です。次々に見ていくと、スタイル、ポーズ、胸飾や瓔珞なども一つとして同じものはありません。十一面観音の特徴である頭上面も、大ぶり小ぶり、左右の面を大きくしたりなど、これまた様々です。施主や仏師の思いがこめられているのでしょう。古寺を巡って一体づつ見ても判らないことはありませんが、首を左右に振るだけで異なる仏像を比較できるので、仏教美術の鑑賞には何とも贅沢な状況でした。

 十一面観音の白眉は、琵琶湖の北部に位置する高月町渡岸寺観音堂(向源寺)のそれです。過去に何回か拝観したことはありますが、門外不出のこの仏像を間近に見ことができるのは幸せです。しかも360度、どの角度からも鑑賞できるように展示されています。後の暴悪大笑面もよく鑑賞できます。この展示方法に対して関係者に拍手です。他の多くの仏像も背面を見られるように展示されていて、割れや反りを防止するためでしょか、背中が大きく抉られている様子なども良く判りました。重ねて関係者に拍手です。

 なた彫りの仏像と言えば円空・木喰ですが、それぞれが大きなスペースで展示されていました。生涯に造った数に比べれば微々たる数の展示ですが、それでもこれだけ多くの仏像を一気に見られる機会は滅多にない筈です。

 私は木喰より円空が好きです。木喰はなた彫りとはいいながら彫が細部に及びすぎているように思うゆえです。円空は、丸太を割って、割れた面になたを何回か打ち込んだだけと思えるような荒々しい、粗野な仏像ですが、そこに惹かれます。展示されていたうちでは十二神将がとても素敵でした。瞬間、版画家棟方志功の釈迦十大弟子が思い浮かびました。どちらも窮屈な空間に対象を刻みこんでいます。立体と平面の差はありますが、素の木の形に制約を受けながら作品を作りだしているところに共通性があります。そして制限があるがゆえにより表現が豊かになっていることも共通しています。

 入場料は少々高く思えますが、内容の充実ぶりを思えばむしろ安いかと。仏教美術に興味ある方必見。仏教美術に興味ない方も出かけてみませんか。ひょとして仏教美術に目覚めるかも知れません。
 私ももう一度出かけたいと思っているのですが、時間の都合がつくかどうか。

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受信: 2006年11月30日 (木) 08時11分

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