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2006年8月19日 (土)

続・利賀フェスティバル2006のこと

 各演目の感想などを2回に分けてまとめてみます。

1. さまよえる魂(トルコ)     利賀山房   18時開演   

 サブタイトルが「近東の男の物語」、トルコの現代劇。台詞は多くはありませんが、トルコ語です。「死んだ男の幽霊が、自らの暴力癖に悩みながら殺人を繰り返し、悔恨と自己嫌悪の極致で孤独に思い至った過去を回想する」とは、配布された演出家ノートの要約です。男優4人と女優1人。

 内容はよく理解できませんでした。だからと言ってつまらない訳でもありませんが。
 トルコについて私の知ることは限られますが、かなり抽象的な現代劇をやっているのだということが新しい知識に加わりました。

2. エウリュディケの嘆き(トルコ) 野外劇場   20時半開演

 ギリシャ悲劇のいくつかを基にして構成されています。「二人の兄が内戦で対峙し共に死んだ。一方は英雄、他方は祖国の敵、と新たな王は布告し、敵の遺体は野に捨て置き動物の餌にするよう命じた。妹は兄の遺体の埋葬を強く願った。これを核にして周囲に及ぶ悲劇の物語」。法と倫理が衝突したとき、人間は如何に解決するのか。常識で解決できるなら、これほど簡単な話はないのですが(横道にそれました)。

 俳優はスポットライトが当たっているときだけ発声が許され、その範囲内での制限された動作が許されます。演出意図は始まって直に理解できますし、その後の変化もありません。極めて限定的な範囲しか光が回らないので、野外劇場である必然性もありません。しかし、言葉の重みを再確認できて、私はとても興味深いものを感じました。トルコ語上演、台詞が字幕に表示されます。しかし、字幕を見なくともテキストをおよそ理解していること、非言語な部分で要旨はよく伝達されました。現代劇も大変面白いのですが、古典の重みが軽減することは決してないでしょう。利賀の舞台を生かした別の演出で観たいと思いました。

 

 トルコの演劇を観るのは初めてで、しかも続けてみることなどはこれからも無いでしょう。選好みしないで何でも観るところが利賀の魅力の一つだと私は思っています。いずこの国も恵まれた環境には無いだろう思うのですが、それでも自己表現としての演劇(何でも良いのですが)を継続している人たちに、敬意を表さなければいけないと思えてしまうのです。

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