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2006年8月

2006年8月31日 (木)

大地の芸術祭のこと

Tumari1 津南エリアにある作品「海老塚耕一・水と風の皮膚」の前で、地のおばあさんから素朴な質問を受けました。「私はこれを観ても何も判らないんだが、あなたは何か判りますか」と。なんだか判らないものを観に、遠くから妻有まで出かけてくるのが不思議なんでしょうか。「いや、私も判らないんですよ。それでもここに来るのが楽しいんですよ」と、判ったような判らないような答えをしました。

  二泊三日で70箇所ぐらいを回りました。思いのほか少なかったです。周辺部を回ったからかもしれません。その中で廃校になった校舎を利用した作品が4箇所ありました。去年まで使われていた校舎はまだぬくもりが感じられ、廊下の隅から誰か出てきそうな感じがします。長いこと使われない校舎はぬくもりが無くなっています。横浜生まれの横浜育ち、団塊の世代の一人である私には、2000年の第1回トリエンナーレを鑑賞するまで、こういう感覚はありませんでした。過疎化を肌で実感する瞬間です。過疎化とは子供が少なくなってくることでもあるのです。

Tumari2  松之山エリアにある廃校の校舎を利用した「クリスチャン・ボルタンスキー+ジャン・カルマン・最後の教室」は、小さな校舎の全てを使ったインスタレーションでした。全体に光を遮断した空間に裸電球多数が吊り下げられ、白布で覆われた机などが、言いようのない悲しさを漂わせています。ビデオ、ライト、オブジェ、音を使って、記憶の再生を試みています。越後妻有特有の問題ではなく、日本の近未来への警告なのでしょうか。ボルタンスキーは3回連続参加ですが、いずれも越後妻有でしかできない作品を通じて、どこでも共通する問題提起を行っているように思えます。

   既成概念をいくらうまく繋げたとしても、越後妻有アートトリエンナーレを説明することはできないように思います。会期はまだ10日ほど残っています。金も時間もかかるのですが、できれば一人でも多くの人に越後妻有の大地を踏みしめて頂きたい感じです。

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2006年8月26日 (土)

大地の芸術祭に行くこと

 「大地の芸術祭 -越後妻有アートトリエンナーレ2006-」に2泊3日の予定で行ってきます。「妻有」と書いて「つまり」と呼びます。会期は、7月23日~9月10日の50日間。

 「大地の芸術祭」は、新潟県南部の十日町市と津南町の大地を舞台にして、3年に1度開催され、今回で3回目です。平成の合併で1市1町になりました。が、前回開催の時点では、十日町市、川西町、津南町、中里村、松代町、松之山町の1市5町でした。その広さは762平方キロの広大な山間部に及ぶそうです。
 スキー場も舞台の一部ですが、このあたりは豪雪地帯で冬の厳しさは大変なものがあるようです。それと同時に高齢・過疎化の進む日本の典型的な地方の市町なのです。

 2000年は私だけで2日間、2003年には家族連れで2日×2回出かけ、いずれも大きな感動を頂いて帰ってきました。2003年は回りきれない所も多く、あまりにも刺激的だったので、予定外の2回目を挙行することになったほどです。

 「大地の芸術祭」を一文字で表わすとすれば、私は「悲」を選択します。住む人のいなくなった古い家、通う生徒のいなくなった学校、人の少なくなった集落、みんな重要な舞台です。日本の未来を象徴しているようで悲しさを誘います。しかし、そういうことを乗り越えて、国内・国外から馳せ参じた芸術家と地域の人たちが、共同して作品を作り上げていく姿が実に感動的で、エネルギーを与えてくれます。失礼ながら、芸術などとは縁遠かった人たちが、外来者に反発しながらも次第に芸術にのめりこんでいく様子などを見聞きすると、既存の芸術の存在意義に大いなる疑義も沸いて来ます。

 学生中心のボランティア、地域の人たちのボランティア、そういう人たちとのコミュニケーション、時にはお茶や漬物などのご接待も、大いなる楽しみです。そういう人たちを含めて、主役はどうも越後妻有に根付いて生活している人たちではないかと思えます。芸術家は作品を生み出す触媒、それを見て回る多くの参加者は「大地の芸術」を巡り歩くお遍路というところでしょうか。

 「大地の芸術」はとても紹介し切れません。公式ホームページあるいは雑誌・美術手帳2006年7月号増刊「越後妻有アートトリエンナーレ2006 大地の芸術際ガイドブック」を参照願います。

 写真を沢山撮ってくるつもりです。行ってきたら追ってご紹介します。

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2006年8月25日 (金)

アルベルト・ジャコメッティ展のこと

 今日は神戸に出張でした。新神戸駅で下車して改札口から出ると、そのまま山のほうに向かって歩きたくなりました。以前、尼崎市・その周辺で7年強を過ごしたことがあります。その時、特に後半は、週末の大半を六甲山系のハイキングに費やしていました。そんな訳で、新神戸駅に懐かしさを感じます。

 新神戸駅から北に歩くと、布引の滝をへて市が原に出ます。そこが六甲山系縦走路のオアシスかな。そこから東に歩を進めると、きつい登りがあって麻耶山へ、そして六甲山最高地点に至ります。と、そんなことを思い出しましたが、おおっと、今日はお仕事お仕事。

 無事にお仕事を終えて、5時過ぎに三宮にいました。この時間なら兵庫県立美術館に間に合うと思ってちょっと寄り道、お目当ては「アルベルト・ジャコメッティ展」です。
 実は、8月9日掲載「アフリカン・リミックス展に行ったこと」の最初は、神奈川県立近代美術館葉山別館で開催の「アルベルト・ジャコメッティ展」に行くつもりでした。しかし、会期を間違えていて、1週間前に終了していたので行き先変更したものです。「アルベルト・ジャコメッティ展」は、兵庫の後、千葉の川村記念美術館に巡回するのでその節は家族で鑑賞に出かけようと決めていました。

 ジャコメッティの作品多数が展示されていましたが、やはり針金のように細った彫塑が魅力的ですね。何でなのかよく判らないのですが。それとモノトーンのような書きかけのような絵も魅力的でした。ちょっとうまく説明できないのですが。

 少しも魅力を伝えていませんが、もしご都合が付くようなら出かけて見ませんか。

 蛇足ですが、いつもこんな出張している訳ではありませんので念のため。

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2006年8月23日 (水)

琵琶湖烏丸半島の自生ハスのこと

 「YOSAKOIソーラン日本海百万石」を見てから金沢21世紀美術館に向かいました。昨年に続いて2回目です。企画展は「人間は自由なんだから ---ゲント現代美術館コレクションより」、8月31日まで。

 ブルースナウマン「グッド・ボーイ バッド・ボーイ」は映像ですが、タイトルで推測できるように、ペアーの言葉を延々と続けるものです。うるさくて聞き取りにくかったのと、直島コンテンポラリーアート美術館の中央に展示されている同一テーマでネオンの点滅による作品の印象が強いから、興味を引くものの今ひとつの感じでした。
 ロイス&フランツィスカ・ヴァインベルガーの「庭」が楽しかったです。プラスティックのトレイに束ねた新聞を入れて水に浸し、そこで植物を育てています。これでも美術、なんて思っちゃうかも知れませんけど何となくにやりとしてしまいます。

 美術館をでてから今夜の宿泊場所を探しながら北陸道に沿って西に車を走らせていました。夕飯を食べたら眠くなったので、パーキングエリアにて車中一泊。午前3時過ぎに目を覚まして琵琶湖に向けて走り出しました。

Hasu3 目的は烏丸半島の自生種のハスの写真を撮ることです。花の時期は7月下旬から8月初旬とのこと、もう遅い(8月13日のこと)かも知れないと思いましたが、とにかく行きました。5時に到着、写真を撮るにはまだ早いかなという感じです。
 何回か行ったことはあるのですが、いつも夕方だったので朝はやはり新鮮でした。

 花はまだ沢山咲いていて、決して遅いことはありませんでした 。今年は琵琶湖の水位がHasu2高くて撮影しにくいとの情報がインターネットに載っていましたが、それほどでもなかったです。花の先具合と光の加減を見ながら、入り江を行ったりきたり2時間半ほど歩き回りました。三脚の持参を忘れたのと、素人の悲しさ、思うような写真は撮れませんでしたが掲載しておきます。ちなみにレンズは300mmズームを目一杯にして。脚立があると良かったかも知れません。

 向こう岸に見える風力発電の場所が滋賀県立琵琶湖博物館になります。遠くの山が比叡山だと思います。

Hasu1 早起きは良いですね、この時点で八時前。ここまで来たら膳所の義仲寺の寄って、芭蕉の墓でも拝みましょうと向かったら、まだ掃除をしている最中で一番乗りのようでした。ちなみに芭蕉とは何の関係もありません。

 この後、東名高速が渋滞しているようだったので、鈴鹿を越えて知多半島に戻りました。途中、鈴鹿の関宿に寄りましたが、別の機会に書くことにします。

 「利賀フェスティバル2006」で随分と引っ張りました。この数日間は自分にとって晴れの日なのです。濃い時間が流れています。体力の続く限り続けたいと思っています。

 どなたか興味を持たれた方がいらっしゃいましたら、来年はぜひ「利賀フェスティバル2007」に出かけて下さい。もし来年まで待てないと言う方、11月2日~12日、新国立劇場中劇場・小劇場で鈴木忠志構成・演出の「シラノ・ド・ベルジュラック」「イワーノフ/オイディプス王」が上演されます。雰囲気は味わえると思います。

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YOSAKOIソーラン日本海百万石のこと

 利賀からの帰路は気分次第であちらこちらに寄ります。今年はまず金沢に向かいました。出発が遅く、寄り道もしたので金沢城近くの21世紀美術館地下駐車場に車を停めたは15時を回っていました。そのまま館内に入らず、いったん地上に出たら「YOSAKOIソーラン日本海百万石」が行われていました。

 休憩も兼ねて最後の4グループを見ました。

Upsakoi1 最後から2番目のグループはそれまでとちょっと違うなと感じました。衣装は2種類の模 様の和服で、三列の体系の中央と左右がで振りが異なっています。踊りは良くそろっていましたが、スケールがやや小さく感じたのは、衣装の色調が類似していることと、腰を落とすというより腰を曲げる振りが多かったせいだと思いました。案内によれば今年の「YOSAKOIソーラン第5位」だそうで、なるほど、となぜか納得しました。

Upsakoi2  最後の組は、案内によれば今年の「YOSAKOIソーラン優秀賞」と聞こえました。その時は、第5位と優秀賞はどちらが上位かななどと思っていたのです。
 しかし、踊り始めたら、このグループは前の組よりはるか上を行くと感じました。踊りもうまいのですが、体系がドュエット・コールドバレー・ソロ(クラシックバレーみたいです)と流れ方向に3群に分かれていて変化があります。その割りに衣装はシンプルUpsakoi3ですが、ドュエットには粋を、コールドバレーには力強さを感じました。ソロは若い女性なのですがくるくる回転する印象が強く、何となく華を感じ、見とれてしまいました。全員の腰が座って、上半身がしゃきっとしているので踊りが大きく見えました。

 後日、インターネットで調べたら、最後の組は「新琴似 天舞龍神」という北海道のグループで、「YOSAKOIソーラン大賞」を三年連続で受賞していることが判りました。本来はもっと大勢で踊るようで、金沢には選抜メンバーが来ていたのでしょう。

 ちょっと休憩のつもりで見ていたのですが、頂点に立つグループの踊りを見られたのは幸運でした。頂点に立つ人やグループは、他人を納得させる何かを持っていますね。こうなると「YOSAKOIソーラン」を見に北海道に行きたくなります。気が多いですね。

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2006年8月20日 (日)

続々々・利賀フェスティバル2006のこと

 利賀での過ごし方などを披露しておきます。

 カチカチ山・花火版(日本)を観ている途中で雨に降られました。開演の時は空に星が瞬いていました。遠くの星から少しづつ雲に隠され、稲妻もだんだん近づいて来たと思ったら雨が降ってきました。野外劇場は雨に降られることもあるので雨具必携と書きましたが、まさにそのとおりの状況。
 大半のお客さんは配られていたビニールーシートを頭上にかざして微動だにせず、俳優も何事も無かったように演技を続けます。私はハイキング仕度をしていますので、ポンチョをとりだして被りました。かなり激しい雨も後半には上がり、花火も予定通りにすべて打ちあがったと思います。

Kagami 終演後、演出家・鈴木忠志が短い挨拶をしてから「夢追い酒」を歌いました。鈴木の歌を聞くのは初めてですが、ささやかな三十年記念でしょうか。その後で恒例の鏡割りになりました。
 ここの鏡割りは、餅つきの杵を頭上高く掲げて振り下ろすので、その勢いで一・二升くらいは飛び散ってしまうと思えるほど豪快です。まさに酒しぶきをあびる感じです。開演が遅いのでこの時点で23時を回っていました。村は寝静まっているようです。

 昼間はやることがないので温泉に行ったり周辺を観光したりして過ごします。
 今回は12日の昼間だけでしたが、富山県福光町の版画家・棟方志功ゆかりの「愛染苑」「光徳寺」をのんびりと回りました。棟方志功は太平洋戦争中の5年有余を福光町に疎開していたそうです。「愛染苑」はもう10回ぐらい訪問しています。道を挟んで棟方が住んでいた住居が公開されています。便所の周囲の壁・天井にまで絵が書いてあって、棟方ファンならずとも一見の価値があります。

 舞台がはねて民宿に戻ると、一宿を共にする有志が居間でお酒を飲みながらいろいろなお話をします。最近は皆さんすぐに部屋に戻ることが多くてさびしい状況でした。
 今年は、活動休止中の女優H、オーストラリアから来た男優Jhonおよび演出家Jackuiなどがいました。初対面ですが目的は同じですから、何となく話がはじまります。Jhon&Jackuiは日本語をしゃべりませんので、私は片言の英語で話しました。
 Jhonは元ダンサーとのこと、私は数ヶ月前にピナ・バウシュを観たといったら、出し物は何だったなんていう風に話は展開します。
 次の朝、私が寝ている間にHは村営バスで帰路につきました。何せ、公共交通で利賀村を出るのは1日2本のバスに頼るしかありません。Jhon&Jackuiとは同時刻に民宿を出発しましたので、別れ際に握手しながら「See you next year」と再会を約束しました。

 いろいろな人のパワーをお裾分けして貰って、また一年、元気に過ごせるなと思いました。休みにテンションを下げてのんびり過ごすのも良いのですが、私はテンションの高い人たちにまみれて、自分もそうありたいと思って過ごすのが生にあっているようです。

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続々・利賀フェスティバル2006のこと

 12日の各演目の感想などをまとめてみます。

3. 人と犬(中国)         新利賀山房  16時開演

 「人と犬」の後に「は餌(対価)によって行動する」とでも付けたら大筋は説明できそうです。それを人と犬、人と犬と兎の関係性においてコミカルに表現しています。5枚の布幕が舞台を前後に仕切り、そこから出入りしたり、シルエットを写したりして変化をつけていましたが、表現は直接的です。
 男優3人、女優1人で、みな若手。所属は上海話劇芸術センター、内容からも地域からも中国演劇の先端を行っているのでしょう。おかれた状況を想像すれば、このあたりが表現の限界かと思います。これからどう発展するのでしょうか、楽しみです。

4. 廃車長屋の異人さん(日本)   特設野外劇場 20時開演

 ゴーリキ「どん底」がテキスト。大規模な自然災害が大恐慌がおきたと考えたら「どん底」と美空ひばりに至ったと鈴木は演出家ノートに書いています。そのような言い回しでなくとも、一部の現実が「どん底」に近づいていることを感じとっていると思えます。中流も分化し、大病でもすれば明日の暮らしに困る、その象徴が廃車長屋。鈴木の演劇では演歌が重要な役割を担いますが、美空ひばりはどん底から這い上がることのキーワードでしょうか。
 俳優多数、中心は静岡芸術劇場のメンバーですが、3人ほどスタイルの異なる俳優がいました。劇団クナウカからの客演のようです。もう長いこと観ているから大いに興奮もしないけど、決して白けさせもせず、安定した演技で迫ってきます。近代演劇の重厚さも良く伝わってきました。

5. カチカチ山・花火版(日本)   野外劇場   21時半開演

 カチカチ山のストーリーはどなたも承知でしょうが、もとの内容は多くが承知するよりはずっと残酷なお話なのです。太宰治「御伽草子」中の「カチカチ山」がテキスト、テキストは「カチカチ山の物語に於ける兎は少女、そしてあの惨めな敗北を喫する狸は、その兎の少女を恋している醜男。」で始まります。
 状況は鈴木演出のキーワードである病院に置換され、世界は病院、人間はすべからく精神の病人であるという通奏低音が根底に流れています。ですから少女は看護婦、それも醜男を徹底的に痛めつけて殺してしまうしたたかな性格の。
 ストーリーを進行するうえで演歌が重要な役割を担います。端から「太平洋行進曲」「北酒場」「宗右衛門町ブルース」「浪花節だよ人生は」「心のこり」「夫婦春秋」「十三夜」「別れの磯千鳥」「出世街道」「気味こそわが命」「函館の人」「人生の並木道」が使われます。そして要所で花火の打ち上げ。
 花火を打ち上げるために野外劇場を使っている訳ですが、オリジナルは確か新利賀山房で上演されています。演劇としてはオリジナルのほうが凝縮していますが、会期前半を締めくくるご祝儀物ですから硬いこと抜きで楽しみました。
 これだけでは、どうも支離滅裂と感じる方も多いでしょう。私の限界ですが、実際に支離滅裂か否かは、一度、ぜひあなたの目で確かめてください。

 

 頼りない感想ですが、利賀フェスティバルの雰囲気が多少でも伝われば幸いです。

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2006年8月19日 (土)

続・利賀フェスティバル2006のこと

 各演目の感想などを2回に分けてまとめてみます。

1. さまよえる魂(トルコ)     利賀山房   18時開演   

 サブタイトルが「近東の男の物語」、トルコの現代劇。台詞は多くはありませんが、トルコ語です。「死んだ男の幽霊が、自らの暴力癖に悩みながら殺人を繰り返し、悔恨と自己嫌悪の極致で孤独に思い至った過去を回想する」とは、配布された演出家ノートの要約です。男優4人と女優1人。

 内容はよく理解できませんでした。だからと言ってつまらない訳でもありませんが。
 トルコについて私の知ることは限られますが、かなり抽象的な現代劇をやっているのだということが新しい知識に加わりました。

2. エウリュディケの嘆き(トルコ) 野外劇場   20時半開演

 ギリシャ悲劇のいくつかを基にして構成されています。「二人の兄が内戦で対峙し共に死んだ。一方は英雄、他方は祖国の敵、と新たな王は布告し、敵の遺体は野に捨て置き動物の餌にするよう命じた。妹は兄の遺体の埋葬を強く願った。これを核にして周囲に及ぶ悲劇の物語」。法と倫理が衝突したとき、人間は如何に解決するのか。常識で解決できるなら、これほど簡単な話はないのですが(横道にそれました)。

 俳優はスポットライトが当たっているときだけ発声が許され、その範囲内での制限された動作が許されます。演出意図は始まって直に理解できますし、その後の変化もありません。極めて限定的な範囲しか光が回らないので、野外劇場である必然性もありません。しかし、言葉の重みを再確認できて、私はとても興味深いものを感じました。トルコ語上演、台詞が字幕に表示されます。しかし、字幕を見なくともテキストをおよそ理解していること、非言語な部分で要旨はよく伝達されました。現代劇も大変面白いのですが、古典の重みが軽減することは決してないでしょう。利賀の舞台を生かした別の演出で観たいと思いました。

 

 トルコの演劇を観るのは初めてで、しかも続けてみることなどはこれからも無いでしょう。選好みしないで何でも観るところが利賀の魅力の一つだと私は思っています。いずこの国も恵まれた環境には無いだろう思うのですが、それでも自己表現としての演劇(何でも良いのですが)を継続している人たちに、敬意を表さなければいけないと思えてしまうのです。

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2006年8月17日 (木)

シュール(?)なこと

 普段は電車で行き来するのに、自動車を利用しなければならない用事があるので、自動車で知多半島から横浜に戻る途中のことでした。

 高速道路の非常電話を初めて使いました。自動車が故障したわけでもなく、事故があったわけでもありません。そのわけは?

 東名高速上りの某所を走行していた時のことです。側線を自転車が下り方向に走ってきたのです?!?!  一瞬、私はどこを走行しているのだろうかと、意識が錯乱しました。錯覚か、それとも夏の世の夢か。気を取り直して、やはり東名高速を走っているのだと思い直しました。

 これは大変だと、非常電話のある場所を見つけて車を停めました。ひょとして錯覚かもしれないと弱気になりながら、コントロールセンターに状況を報告しました。既に他の方からも報告が合ったようで、パトロールカーが向かっているとのこと。数Kmも走った後ですが、とりあえ小市民的な役割を果たせたと思いました。

 どこから高速道路内に入ったか知る由もありません。なぜ入ったのか理由もわかりません。しかし、緊急事態で自動車を側線に退避するような状況があったならば、明らかに正面衝突してしまいます。そんなことになればお互いに不幸です。無茶はやめましょう。

 ついでに、東名高速をテール・ツー・ノーズで走っている皆さん、安全運転しましょう。車間距離を十分にとりましょう。

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2006年8月16日 (水)

利賀フェスティバル2006のこと

 何回かに分けて書くつもりです。まずは出し物の紹介など。

 演出家の鈴木忠志が、前進である早稲田小劇場の活動拠点を利賀に移して今年で30年。多分ローカルの新聞社やTV局だと思いますが、数社が取材に来ていました。ただし祝賀気分は皆無、少なくとも私が通いだしてからの17・8年の間で観客はもっとも少なかったと思います。民宿のご主人の話もお客は半減だといっていました。18・9日に盛り返すことを祈るばかりです。

 さて、私は11、12の二日間で次の五演目を鑑賞しました。()内は参加集団の所属国です。ちなみに、来週はロシアと日本による演目が上演されます。

 11日 1. さまよえる魂(トルコ)     利賀山房   18時開演   
     2. エウリュディケの嘆き(トルコ) 野外劇場   20時半開演
 12日 3. 人と犬(中国)         新利賀山房  16時開演   
     4. 廃車長屋の異人さん(日本)   特設野外劇場 20時開演   
     5. カチカチ山・花火版(日本)   野外劇場   21時半開演

 会場について説明しておきます。
 利賀山房、新利賀山房は、合掌作りの劇場です。どこからか移設した本物の合掌作りの建屋内を改造して舞台が設けてあります。両山房は多少キャパシティが異なりますが、基本的に同じ構造です。
 舞台はどうなっているか気になると思いますが、合掌屋根の片側に相当する床部分が舞台、残る半分が客席です。4段ほどの低い段差をつけた階段状になっています。履物を脱いで室内に入ることになります。

 特設野外劇場は、劇場群の中央にある空き地に廃車20台ほどを立体的に積み重ねた舞台と建築資材でくみ上げた特設の観客席で出来上がっています。原形をとどめる廃車もありますし、一部を切り取ったようなものもあります。少し離れて真横から見ると、平たくしたV字状になっていると思います。片側が舞台で片側が客席です。
 私の記憶では、野外特設ステージで上演された演目は3回目です。

 野外劇場は利賀フェスティバルのメイン会場です。すり鉢を半分に割った形状の観客席の中央に舞台のある、ギリシャ風の劇場です。舞台の後方に池が、舞台から池の上を通って闇に消えていく左右の花道があります。数百M後方の山がホリゾントとなって、照明で浮かび上がれば実に幻想的な光景が出現します。
 野外劇場のキャパシティは800名ぐらいだと思います。全国から来た観客で立錐の余地の無いほど埋まった時が暫くありました。今年は半分程度の入りでしょう。膝摺りあう状態に比べれば観るのに楽ですが、反面、寂しさも漂います。

Yagai_1 ちなみに劇場群の設計は建築家の磯崎新。水戸芸術館や静岡芸術劇場なども磯崎新の手になるものです。時々、利賀で見かけます。

 写真は、野外劇場の後方から観客席を望んだところ。舞台上で「エウリュディケの嘆き」の仕込み中です。後方の青い屋根が利賀山房のエントランス、合掌作りの劇場はその左手に位置します。

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2006年8月11日 (金)

利賀フェスティバル2006に行くこと

 日が変わったから、もう今日(11日)のことになります。これから寝て、起きたら利賀に向かって出発します。

 その筋では有名な利賀ですが、知らない方も多いでしょう。
 富山県のもっとも南に位置し、一山越えれば岐阜県になるような山奥の村(今は南砺市の一部)です。そこに、野外劇場や合掌作りの劇場があって、5月連休や夏休みに演劇を主体にしたさまざまな活動が展開されます。

 

 利賀フェスティバル2006は、8月11、12日と18、19日が公演日です。私は11、12日で5演目ぐらいを観てくるつもりです。頼りない話ですがチケットは当日購入予定、気分で多少出入りがありそうです。宿もなじみの民宿に数日前に予約を入れたばかりです。

 横浜から自動車で行くとすれば関越から北陸自動車道を経由して600Kmほどあります。しかし今回は、仕事の関係で愛知県知多半島の中ほどが起点になりますので、距離は半分もありません。これも気楽な理由です。多少の渋滞があっても夕方までに到着すれば良いのですから。

 もし、多少なりとも興味を持たれたら11、12日は無理としても、18、19日なら間に合います。出かけてみませんか。

 さらに興味を増す情報を。
 野外劇場での公演は、進行に合わせて花火が打ち上げられます。漆黒の闇に舞台が浮かび上がり、舞台後方から花火が打ち上げられるのは、世界広しといえども利賀ぐらいでしょう。
 お天気が良ければ満点の星空(最近は少なくなりました)の下(漆黒の闇にはなりません)。その代り、雨に降られることもありますので雨具必携。

 おまけにもう一つ情報を。
 中日と最終日の野外劇場の公演終了後に鏡割りがあって、皆さんにお酒が振舞われます。役者さんや観客が入り混じってお酒を飲んだり話をしたり。かって、遊びに来ていた吉行和子に注いでもらったこともありました。私の夏休みはこれで終わりなどと、ハイ・ロー入り混じる瞬間です。
 ただし、今年に限ってなかったとしても私の責任ではありませんので悪しからず。

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2006年8月 9日 (水)

アフリカン・リミックス展のこと

 森美術館(東京・六本木)で開催(8月31日まで)されている「アフリカン・リミックス展:多様化するアフリカの現代美術」展を鑑賞してきました。

 作品がずいぶん多かったのですが、25カ国84人のアーティストによるものだそうです。ところで、アフリカには何カ国あるのかを知らないのです。25カ国はアフリカの大半なのか、一部なのか。

 インスタレーション・映像・写真など、現代美術の流れが網羅されていました。モチーフに選ばれた動物、民芸品、人物などからアフリカは感じられます。しかし、アフリカらしい表現はあったのかな。どこかで見たようなものが多かったかな。アフリカのグローバル化を感じます。いや、少なくともアーティストの視点は世界に向いていると感じられました。

 アフリカの現状を知りません。過去に、いや今も続いているのでしょうが、抑圧された時代の長かったことはおぼろげに認識しています。重い内容のモチーフもいくつかありました。しかし、表現が直接的で見るのがつらい様な。

 一般的な意味合いからは面白い美術展とは言い難いです。しかし、南北問題などの文脈からは興味が持てます。アフリカは西欧文明に近づくのか、独自のジャンルを確立するか、10年、20年の時間を見続ける必要がありそうだと思いました。

 ところで、何で「リミックス」なのか。そこが良くわかりませんでした。勉強不足です。

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2006年8月 5日 (土)

ぶうでん・醤油鯛のこと

 私が電車の座席に座っていたときのことです。ある駅で、GパンにTシャツという、さして珍しくもない装いの女性が乗車してきて反対側のつり革に摑まりました。その瞬間、私の視線はその女性の背中に釘付けになりました。背中に何があったかって。

 白地に紺色の大きな文字で「ぶうでん、醤油鯛」と二行に分けて書かれていました。その上部には鯛と思われる魚が横になった状態で描かれ、その左右に小さな文字で最高品質とかその他の文字が書かれていました。まるで何かの商標のようです。

 通勤時のこと、私は30分ほど乗車します。その女性は途中駅で乗車してきたました。二人とも終点で降車しましたので、10分か15分かの間のことです。私の頭の中はいろいろな思いが駆け巡りました。

 まずこの女性はどういう人なのか。醤油鯛を販売している会社につとめていて、宣伝のために無理やりTシャツを着せられているのではないか。それにしては堂々としているではないか、大したもんだ。そもそも醤油鯛とは何か、今までに食べた記憶はない。そもそもぶうでんとは何か。とにかくわからないことだらけで、考えを進めるきっかけさえ浮かばない状態でした。

 背中から強烈なインパクトを受けたので、正面はどうなっているのか気になりました。降車する際に正面を見ようとしたのですが、堂々と見るわけにも行きません。改札口へ移動する状態でもありますので、ちらっとしか見られませんでした。確かなことはいえませんが、左胸あたりに醤油鯛と思われるワンポイントというよりは大き目のマークが描かれていました。どうも何かに間違われてしまいそうな行動ですが、Tシャツ1枚からそれほどの刺激を受けたのでした。

 後で少し調べてみました。ぶうでんは豊天商店(ぶうでんあきんど)のブランド名のようです。昔、商店の店員さんがつけていた前掛けのようなデザインを取り入れたグッズを制作している、大阪船場に居を構える企業のようです。まだ、よく判っていませんが。

 おりしも「村上隆著・芸術起業論・幻冬社」を読んでいますが、言わんとすることと何か通じるものがあるように感じます。

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