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2006年6月11日 (日)

美術館に行くこと

 横浜美術館が自宅から徒歩十五分ほどの距離にあります。ですから、散歩の途中にふらっと立ち寄ることもできます。年間会員になっていますからその都度入場券を購入する必要もなく、本当にふらっと立ち寄る感じで、常設展や企画展を鑑賞しています。

 横浜美術館では、~6月25日(日)まで、企画展「イサム・ノグチ 世界とつながる彫刻展」が開催されています。昨日、鑑賞してきました。

 はっきりいって抽象彫刻はわかりません。いくつかを、漠然と好きだと感じる程度です。でも、そう思いながら一周する小一時間は結構楽しいものです。良くわかる人より楽しさは大きいと思っています。好きなものが見つかれば良いという気軽さでしょうか。

 ここまで鑑賞という言葉を使いました。鑑賞の意味は、「芸術作品を味わい理解すること。(goo 辞書)」だそうです。私の場合、味わうは良いとして理解は困難ですから、鑑賞という言葉は適当でないと思います。ただ、そんなことをいつも思っているわけではありません。40代になった頃から、そんな意識はなくなったように思います。
 と言うより、その場に行くことが大事だと思うようになりました。

 皆さん、たまには美術館に足を向けませんか。生涯、心に残る作品にめぐり合うかも知れません。気持ちのゆとりもできるかも知れません。

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コメント

トップページから来た
通りがかりの者です

いいですね年間会員。
自分も世田谷美術館の近所なので
散歩でよく行きますが結構なお値段なので
入らないことが多いです。

美術展見ることが
仕事に直結だったりすんですねどね
何も考えず感じるままに作品に向き合う
そして作品から何かを感じる
言語化、文章化できなくとも
それが鑑賞だと思います。

でも、感動を伝えるためには
どうしてもそういうことが必要?

投稿: JIMY-M | 2006年6月11日 (日) 11時33分

> 言語化、文章化できなくとも
> それが鑑賞だと思います。
>
> でも、感動を伝えるためには
> どうしてもそういうことが必要?

 ひとりで楽しむ分には言葉も必要ないように思えますが、それでも後日のためにメモでも残したいと思えば、言語化・文書化は欠かせません。他人とコミュニケーションしたいと思えば、ある程度共通の語彙がないと、思うところは通じないでしょう。より良い鑑賞のために、核心をついたコメントを頂きました。

 最近は、たとえばラーメン一つとっても、薀蓄を傾けて語る人がいたりして、すごいなと思ってしまいます。感じたことを客観的に人に伝えられることは大変な才能だと思います。

 Blogを始めるくらいですから、文章を書くことに抵抗はありません。要は、どうしたら感じたことを客観的に表現できるかということになります。書いてみると、どなたかが書いた文章みたいになっていたりして、自分の思いが素直に出ないようです。

 そういうことにあこがれる面もありますが、それはそれとして、あちらこちらに足を向けたいと思っています。

投稿: f3 | 2006年6月13日 (火) 00時05分

こんばんは。ブログ開設のお知らせを聞いて遊びに来ました。
プロフィールに何も書かれてないので、何とお呼びしてよいやらわかりません(*_*)

今横浜美術館ではイサム・ノグチ展をやっているのですか。
行ってみようかな。

>>と言うより、その場に行くことが大事だと思うようになりました。
この言葉、心にグッときました。
そうですよね。理屈よりも何よりも、まず行動することですね。
行きたいから行くというよりも、とりあえず行ってみるという方が、ずっと視野が開ける可能性があると最近自分の行動を通して思うようになりました。

私も抽象彫刻はよくわかりません。いや、抽象的でなくてもかな。
静岡県立美術館の奥にあるロダン館に行った時でさえ、主役の彫刻よりもガラス天井に魅かれずっと見ていたくらいですから。
ただ、印刷物でしか見たことありませんが、ミロのヴィーナスやミケランジェロのピエタなどは素晴しいと感じます。
要は好みの問題なのでしょうか。

あと、よくわからないのが彫刻って基本的には石や木を彫って造形するものだと思っていますが、ロダンの作品などは鋳造ですよね?
それでも何で彫刻と呼ばれるのか。又、抽象彫刻とオブジェの違いは何か?
私が無知故の疑問だと思いますが、長年のモヤモヤをスッキリさせたいので教えてください

投稿: Kozue | 2006年6月15日 (木) 21時58分

美術に感心のある方と知り、コメントをさせていただきました。
私は主に具象画を長年描いてきています。
東京の中央展への出品で、入選をはたしてきて、また個展などにと活躍しておりました。
でも主婦であって、人生の波瀾万丈のなかを生き抜いてきて、やはり絵を捨てきれず、最近、無所属にての活躍のなか、ホーム・ページを開設し、少しずつ作成につまずかないで更新へと進んでいます。
かつては、美術館、個展めぐりをしていましたけれど現在は、とにかく自分を描くことと考えての一人の作業に時間を費やしてます。
「絵と詩」なるもののホーム・ページとして、年齢的なこともあって、心にやさしくということを目標に、自分の世界を作成しています。このようなコメントがふさわしいのかしら、と考えながらの送信となりますが、もしお時間の許すときがありましたら、ご覧いただけると嬉しいです。

投稿: Maki | 2006年8月12日 (土) 02時16分

 コメント頂きましてありがとうございます。
 大分前の掲載でしたが、探し当てて頂いてのコメントでしょうか。私は、掲載間際に気づいてい頂かないと、そのまま埋没してしまうと思っていました。よって、Blogに対する認識を改めました。

 数日間留守にしていて、先ほどHP拝見いたしました。
 大変な実績もあるようです。好きなだけが取得の私の意見など大して役に立つとは思えません。とは言え、そこは素人の特権で一言二言。

 「ひまわり」は好きです。でも、「枯れたひまわり」により魅力を感じます。テーマや色彩など全体の感じが私の感性に会います。「遠い椅子」、前を向かない男の子に、遠い日の思い出でを重ねているようで、何か切ない感じを受けます。

 三人の少女でしょうか、一度観たのですがもう一度観ようと思うとたどり着きません。また後で探してみます。何となく好きになりそうです。

 詩もお書きになる。受動的な私からすればうらやましい限りです。

 個展など開催する機会がありましたら、一度、実際に拝見させていただきたいものです。現在、私は横浜と知多半島の二重生活です。HPからすると、伊勢湾の向こうにお住まいのように思えます。

投稿: F3 | 2006年8月14日 (月) 22時12分

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