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2006年6月

2006年6月28日 (水)

再び会えるということ

 先の日曜日に中学校の同期会がありました。卒業したのは四十有余年まえのこと、還暦も遠くなくなった現在、今更なんでと思う方も少なくないと思います。しかし、そう思わない面々が80名ほど集合しました。これは卒業時の人数の約2割、多いとみるか少ないとみるか。

 街中ですれ違えばおそらく気づかない人も多数いました。しかし、同期であることがわかっていて、名札も用意されていたので、割と容易に人は判別できました。よく見れば、面影もどこかに残っています。人間の記憶とは、実に不思議なものだと思います。とは言いながら、そこそこの間隔で会っている人もいますので、さすがに四十数年ぶりに再会する方はいまませんでした。

 確認できた範囲で遠方から来た方は、北は函館、南は岐阜でした。地元在住の私からすると、そんなにまでして横浜に出てくるかと思うところもあります。でも、ふるさとはいいものなのでしょうね。他人から強制されなくても、ふるさとや家族や友人、他の国や多くの人々を愛する気持ちは、心の奥底にしっかりと存在していると思います。

 さて、会場は横浜ランドマークタワーの70階、ホテルで立食形式のパーティでした。さすがに、多少の余裕も伺わせる状況ですが、しかし、ポイントは違うところにあります。

 なんと、会場から私たちの中学校が見えるのです。建屋こそ新しくなってしまいましたが、丘の上の中学校を見ながら話を弾ませるというのは、全国広といえども私たちぐらいでしょうか。小学校と中学校の学区がほとんど重なっているので、同時に6年間通った小学校も見えるのです。

 もっとも、ランドマークタワーの展望台に上がればいつでも中学校・小学校の校舎を見ることができます。しかし、同期会の会場から見ることのできることが素敵だとは思いませんか。

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2006年6月23日 (金)

美術館に行けなかったこと

 「その場に行くことが大事だと思うようになりました」と、前回書きました。しかし、美術館に行きたいと思っていけないことなど腐るほどあります。ことさら取り立てて書くことなどないように思えます。しかし、十に一つぐらい、いやそんなに多くは無いですね。百に一つぐらいは、後で結構残念に思うことがあります。

 後悔先に立たず、覆水盆に帰らず。何をいっても時間は戻すことはできません。逃がした魚は大きい~~と思うことが。

 もう一月ほど前のことです。絶対行くぞと決めていた西宮・大谷記念美術館「藤本由紀夫・美術館の遠足10/10」に行きそびれてしまいました。

 年に1度、1日限りで10年間続いた「美術館の遠足」。話題になったのでご存知の方も多いでしょう。最終回は数ヶ月前の「AERA]にも案内が載っていました。

 関西在住のころ2回出かけて度肝抜かれたことがありました。
 なぜって、普段はガラスケースに収まっている絵などを全部取り払って、その中を人間が歩いたりするのですから。ガラスケースの中を歩いている人間を外から鑑賞したり、攻守逆転、中から外の人間を鑑賞したり。通常の美術館とはまるで別世界の様相が展開していました。

 今年が10年目。だから遠出になりますが、絶対出かけようと思っていたのです。ところが。

 私は横浜美術館に程近い所で起居しています。しかし単身赴任中で、横浜から見ればセントレア空港の近所で過ごしています。自動車ならば西宮までは3時間ぐらい、帰りに奈良でも寄ってリフレッシュしようと思っていたのです。再び、ところが。

 何と、用があって前日横浜に戻っていたのです。
 当日は開場が16時でしたから、今家を出れば十分だ。まだ間に合う。急がないと間に合わない。もうだめだ。多少の疲れもあったのですが、煮え切らないまま行きそびれてしまいました。

 と言う訳で、今になって結構残念に思っている次第です。

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2006年6月11日 (日)

美術館に行くこと

 横浜美術館が自宅から徒歩十五分ほどの距離にあります。ですから、散歩の途中にふらっと立ち寄ることもできます。年間会員になっていますからその都度入場券を購入する必要もなく、本当にふらっと立ち寄る感じで、常設展や企画展を鑑賞しています。

 横浜美術館では、~6月25日(日)まで、企画展「イサム・ノグチ 世界とつながる彫刻展」が開催されています。昨日、鑑賞してきました。

 はっきりいって抽象彫刻はわかりません。いくつかを、漠然と好きだと感じる程度です。でも、そう思いながら一周する小一時間は結構楽しいものです。良くわかる人より楽しさは大きいと思っています。好きなものが見つかれば良いという気軽さでしょうか。

 ここまで鑑賞という言葉を使いました。鑑賞の意味は、「芸術作品を味わい理解すること。(goo 辞書)」だそうです。私の場合、味わうは良いとして理解は困難ですから、鑑賞という言葉は適当でないと思います。ただ、そんなことをいつも思っているわけではありません。40代になった頃から、そんな意識はなくなったように思います。
 と言うより、その場に行くことが大事だと思うようになりました。

 皆さん、たまには美術館に足を向けませんか。生涯、心に残る作品にめぐり合うかも知れません。気持ちのゆとりもできるかも知れません。

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