2009年11月11日 (水)

演劇:ヘンリー六世(第二部)・敗北と混乱

   作     ウィリアム・シェイクスピア
   翻訳    小田島 雄志
   演出    鵜山 仁

   美術    島 次郎
   照明    服部 基
   音響    上田 好生
   衣装    前田 文子
   アクション 渥美 博、他多数

   出演    浦井健治   王ヘンリー六世
         中嶋朋子   王妃マーガレット
         中嶋しゅう  グロスター公
         村井国男   サフォーク公
         勝部演之   枢機卿ポーフォート
         菅野菜保之  ソールズベリー伯
         上杉祥三   ウォリック伯
         渡辺徹    ヨーク公
         立川三貴   ジャック・ケード、他多数

   会場    新国立劇場
   公演    2009年10月27日(火)~11月23日(月・祝)、複雑につき詳細は要確認
   鑑賞    2009年11月10日 14:05~17:10(休憩15分)
   公式HP   http://www.atre.jp/henry/

 

 上手の池に赤薔薇・白薔薇の花が浮かんでいる。第一部後半に(確か)ジャンヌダルクが投げ込んだ薔薇の枝から離れたものだろう。物語は切れることなく続く。

 

 王座・王妃座が並ぶ王宮。王ヘンリーの名代として婚儀をすませたサフォークは、王ヘンリーの下にマーガレットを案内する。グロスターは、サフォークが取り結んだ和議が屈辱的な条件であると嘆き、サフォークの忠誠を疑う。

 一方、枢機卿ボーフォートらはグロスター追い落しをたくらみ、ヨークらはグロスターに味方する。両者の闘いが始まるなかでヨークは王位略奪を口ばしる。

 何事が起きても優柔不断な王ヘンリー、王をないがしろにする貴族たち。貴族たちのいがみ合い、闘い。王妃とサフォークの不倫。グロスター公妃の野望。その間にジャックケードの反乱が挟まる。

 

 多くの出来事に複雑さはなく、展開によっては単調に流れかねないだろう。スピーディな展開、歯切れの良さがそれを感じさせない。

 出演者の力は言うまでもないが、スタッフの力を強く感じない訳にいかない。シンプルな舞台に王宮・公爵邸・戦場などを浮かび上がらせる照明。モノトーンの簡素なフード付き外套ながら荘厳さも失わない場面など、要所ではっとする美しさを感じさせる衣装。舞台狭しと立ち回り、戦いの空しさ・残忍さを伝えるアクション。豪壮な空間、荒涼たる空間、意外な場所から出演者が登場する舞台を作り上げた美術(ロビー展示の舞台模型写真、左が全体像、右は下手前方から上手後方)。

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 愛人サフォークと結託して権勢を増大しようとする王妃マーガレット、中嶋朋子はTVでもじっくり見たことはなかったが、王ヘンリーを尻に敷く悪女を見事に演じている。私の根拠ないイメージを覆した。
 王ヘンリー六世の浦井健治は、権勢欲渦巻く中で主体性の無い王を良く感じさせる。市井の人なら穏やかな生活を送れただろうと思わず同情させる。
 グロスター公の中嶋しゅう、サフォーク公の村井国男、枢機卿ポーフォートの勝部演之等の諸卿は、各々に個性の強い役を良く感じさせる。ヨーク公の渡辺徹もTVでしか知らなかったが、舞台に良く映える。
 ジャック・ケードの立川三貴は、全体の流れと異質な場面で存在感を感じた。この場面が単調ならば全体の単調さに繋がるだろう。

 

 戦いはひとまずヨーク派の勝利で終わる。後にリチャード三世、狂気のリチャードが現われた。第三部につながっていくだろう。

 

 「統帥権干犯」、その意味を突き詰めたことはないけれど、グロスター公追い落としの場面でふと思い浮かんだ。イングランドを中心にした歴史劇ではあるが、その普遍性を確認した瞬間である。統治者の権謀術数の下で苦しむ庶民、何時の時代も、どこでも似たようなものだろう。舞台の面白さが、舞台に現われない悲劇を余計に感じさせた。

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2009年11月10日 (火)

演劇:ヘンリー六世(第一部)・百年戦争

   作     ウィリアム・シェイクスピア
   翻訳    小田島 雄志
   演出    鵜山 仁

   美術    島 次郎
   照明    服部 基
   音響    上田 好生
   衣装    前田 文子、他多数

   出演    浦井健治   王ヘンリー六世
         中嶋朋子   マーガレット
         渡辺徹    プランタジネット、後にヨーク公
         村井国男   サフォーク伯
         ソニン    乙女ジャンヌ
         木場勝己   トールボット卿、他多数

   会場    新国立劇場
   公演    2009年10月27日(火)~11月23日(月・祝)、複雑につき詳細は要確認
   鑑賞    2009年11月9日 14:05:00~17:05(休憩15分)
   公式HP   http://www.atre.jp/henry/

 
 

 王座が光の輪の中に浮かび上がり、間もなく後方に倒れて先王・ヘンリー五世の崩御を暗示する。グレイのフード付き外套を着装した葬列が下手後方から舞台中央に進む。王冠を抱いた従者が白布で覆われた柩の上に王冠を置く。やがてベッドフォードが重々しく語り始める。簡素だが重厚さを秘めて物語は始まる。

 

 舞台は客席に随分と張り出している。奥から手前にかけて傾斜、上手後方はめくれ上がった感じで小山に登っていくような。全体に四角い床材を張り詰めたようで、上手前方に本水の池、下手前方に崩れた扉や残骸が敷き詰められた印象。全体は黒近い色、荒涼とした原野を思わせる。

 場面転換はシンプルでスピーディだが、想像力を湧き立たせるに不足は無い。天井に吊り上げられた二つ見張り台を池の上に降ろしたり、舞台中央に降ろしたり。戸板を並べて城壁。幾度となく大きなシート状の布を掲げたり、巻きつけたり。舞台後方壁には空や雲の映像が投影される。上方からの照明・映像は原野を城内を一室に変え、中央に四角形に挿された二本づつの赤薔薇・白薔薇が未来を暗示する。

 役者は舞台後方、舞台脇、客席後方など様々な場所から登場する。舞台後方からの登場は顔から見えて、まるで原野の小山の影から馳せ参じる思いがする。なかなか面白い。

 

 勇壮にして剛毅、真の武将トールボットを好演した木場勝己は第一部のMVPか。
 清楚にして凛々しく、時におきゃんな乙女ジャンヌを演じたソニンも印象深い。ただ声の聴き取りにくい部分があった。
 タイトルロール、王ヘンリー六世を演じた浦井健治は、老獪な貴族とは対照的な世間知らずで屈託のない王を表現した。
 ヨーク公を演じる渡辺徹は舞台映えするが目覚しいシーンはまだない。。
 サフォーク伯を演じた村井国男、マーガレットを演じた中嶋朋子はまだ顔見世程度。

 

 百年戦争から薔薇戦争に至る歴史劇、その各場面が深みに至る訳ではない。しかし長い年月に渡って繰り返される権謀術数・殺戮の繰り返しは、権力者の本質を深く暴き出しているように思えた。若きシェイクスピアの作品、小田島訳に忠実に展開されている、私の印象では。

 「新国立へ行け」、シェイクスピアの楽しさがこの年になって判ってきた。

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2009年11月 9日 (月)

随想:CMに使用される音楽について

 TVから流れる音楽はさまざまです。大抵は聞き流すのですが、最近、?と思うことがありました。その中からかなり気になっていることを。

 

 数秒間ですが、「J・S・バッハ:マタイ伝による受難曲」の最後の合唱の一部を使用したCMがありました。それは『toto BIG「もうすぐ閉幕」編』。

 この合唱曲をCMに使用していけないルールは無いでしょう。著作権関係をクリアすれば何の問題も発生しないでしょう。しかし、キリスト経者に対する精神的・倫理的な面からどうかと思いました。

 J・S・バッハの全作品中の最高峰に位置づけられ、クラシック音楽の全てのジャンルを通して最高傑作とさえ言われます。私は過去4回、この生演奏に接し、CDを何回も聴いています。非キリスト者である私でさえ最後の合唱は威儀を正します。

 そのような私の思いもあって、この曲をCMに使用することがかなり気になっています。映像との関係も気になります。宗教的な場面は慎重に対処する必要がある、と私は考えます。

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2009年11月 7日 (土)

路上観察:横浜・放送ライブラリー(2009年11月6日)

 

 横浜情報文化センターが神奈川県庁の斜め前にあります。情文センター内には、日本新聞博物館放送ライブラリー、その他が入居しています。

 日本新聞博物館は、新聞の歴史や新聞がつくられるまでの紹介、企画展示、新聞の製作体験、全国の主要紙を閲覧できる「新聞ライブラリー」などで構成されているようです。先日、企画展示「心をひとつ ふるさと復興展~新潟県中越地震から5年~(2009年11月29日まで)」をかなりしっかり見ました。私はまだこの一度しか出かけていません。

 

 放送ライブラリーは、「放送法に基づくわが国唯一の放送番組専門のアーカイブ施設」だそうです。NHKや民放局のテレビ・ラジオ番組、コマーシャルのライブラリー、体験型常設展示コーナーがあります。視聴覚ライブラリー・フロアでは、個別ブースでライブラリーの鑑賞が可能です。私は時々出かけてライブラリーを視聴しています。

 視聴覚ライブラリー・フロアには、1~3人用のTVブースが60台、100席が設置されています。検索端末で視聴したいライブラリーを特定して申し込むと、指定されたTVブースで視聴が可能になります。ダビングはできません。

 どのようなライブラリーが収蔵されているかはホームページで検索できます。興味あればどうぞ検索して下さい。

 私は最初、演劇関係のライブラリーを視聴しようと思ったのですがヒットしませんでした。著作権等の絡みもあるでしょう。ターゲットが狭かったり特殊だったりすると収蔵されていないようです。そこで収蔵されているものから興味あるものを選択するとの方針を変更しました。現在は「文楽」のキーワードでヒットする約40本弱を見尽くそうと思っています。10本ほどを見終わりました。

 先日視聴したライブラリーは、「極める・匠と至芸の世界 無我・情の語りべ(人形浄瑠璃文楽・太夫/四世竹本越路太夫)・TV東京・1987年」と「芸能花舞台 上方の人形振り・NHK・1993年」。

 越路太夫の至芸を充分に理解できるわけでありませんが、それでも素晴らしいと思いました。ライブラリーに残っているだけでも幸せです。もう接する機会もないのですから。

 人形振りは大変に面白かった。人形振り、すなわち人間が人形の真似をして踊ることです。文楽人形が人間を真似した仕草を追求して、人間がその文楽人形を真似して踊る。文楽の八百屋お七、色物の三人奴、日舞の八百屋お七を対比して人形振りを解説しています。

 八百屋お七は、火の見櫓に登る前に長い髪を前後に大きく振る仕草を行います。膝を曲げて腰を下ろした状態で跳ねるように前に進みながら、髪を振ります。文楽では4拍子の1・3拍で前後に、2・4拍は状態継続するのに、日舞では二拍子の1泊で前へ、2泊で後ろへと間断なく髪を振ります。各々の特質に沿った構成なのでしょう。櫓の上に登ってから叩くのは文楽が鐘で、日舞が太鼓。

 いくつか苦言を。TVはブラウン管タイプで反射光が写り込んで醜い(席の差があるかもしれない)。音量調整のボリュームの位置によって片側が聞こえない席がある。1回に1本のライブラリーしか見られないので、検索・申し込み・視聴を繰り返し、文楽はオンライン化されていないようでセットするのに5分ほど必要となる。新しいライブラリーの収蔵、収蔵の範囲を拡大をお願いしたい。
 それでも貴重なライブラリーが見られるのは有り難いと思っています。一度出かけてみませんか。

 付け足しですが、県庁前の銀杏並木が色付き始めています。

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2009年11月 4日 (水)

講演:青山七恵×原武史(対談編)

講演:青山七恵×原武史(対談編)

  名称  明治学院大学 2009年度公開セミナー
      「知」の現場から 第4回 文学2
  場所  明治学院大学横浜キャンパス
  日時  2009年10月27日 16時45~18時15

  講演者 青山七恵・原武史

 作家は作品で評価されるのだが、それにしても26歳は若い。そのようなところから対談が始まりました。以下その記録ですが、私が受け止めた内容であって、両人が必ずしもこのように言ったとの保障はありませんので承知願います。

 

H: 26歳、公開セミナーの最年少になると思う。作家としては既に大きな仕事を成し遂げている。(「窓の灯」で第42回)文藝賞、(「ひとり日和」で第136回)芥川賞、(短篇「かけら」で)川端賞を受賞している。これからますます期待される。お会いするのは初めてではない。「ひとり日和」受賞後に対談させて貰った。大変楽しく、このセミナーに是非呼びたいと思った。作品もさることながら、その背後に迫りたい。
A: 5月から3ヶ月間、フランスに行った。お金がたまったらフランスへ行きたかった。語学学校に行った。
H: 83年、埼玉生まれ、利根川を挟んで群馬という場所。図書館情報大学が筑波大学に統合され、卒業は筑波大学。旅行会社に勤務、その間に芥川賞受賞、今年になって退職、専業になった。その決意とフランス行は繋がるか。
A: 仕事を沢山やることになると思って、その前にフランスへ。行けなくなるかもしれないので。
H: 前後で大きな違いはあるか。仕事があって、その後で集中して書く。それが無くなった。時間はたっぷりあって、そこで書く。海外に長くいてフランス語に囲まれていた。その変化は。
A: 時間の使い方。行く前に2ヶ月、すごく時間がある。沢山書けると思ったが、時間があっても前と同じ位。フランスで規則正しい生活、早寝早起きは素晴らしい。7時半から11時半(23時半)、パターンが出来てきた。昼間は休んで集中して書く。
H: ~(芥川賞)、その対談で、小説は高校か。
A: 大学。
H: 手書きだと小説に見えないが、活字になると見え方が違う。縦横でも違う。自分もこだわるが横か縦か。
A: 小説は縦。エッセイは横。
H: 自分は依頼されると何字何行とか、それが気になる。確認したことはあるか。
A: 確認はしないが枚数はなるべく合せる。
H: 最後の行は何字位か。
A: こだわらない。出版者が調整しているかも知れない。
H: それがきれいだ。視覚的にきれいに終わる。
A: 考えたことはない。
H: 川上(弘美)とは仲が良い。緊張している。川上は平仮名が多い。やわらかいイメージ。青山は、これは平仮名、書く字の基準はあるか。
A: あるが、作品に合せて使い分ける。
H: 川上ほどではないが、こだわりを感じる。それを含めて構成か。
A: 気にしている。笑わす言葉でもいくつかから選ぶ。
H: 最初の一行はスーッと出てくるか。最後まで行って戻るか。
A: スムーズに出てくる。最後にいって見返すが、直すことは少ない。
H: 一行目、スーッと入っていけるか。青山を形作っている。最初に心を動かされた「ひとり日和」、この小説の舞台は京王線のある駅が見える家。春から春までの移り変わり。小さな駅を選んだことに惹かれた。首都圏に大くの駅がある。その中でこの駅に良く着目した。小説だから全部フィクションではない。あるブログで「馬鹿じゃないの」。鉄道マニアが、笹塚も出てくるがそこから元八幡駅へ。あそこから出るのは京王新線。この特急に乗ると接続しないと。
A: そこまで見てくれるのは嬉しい。
H: 対談の時もそこまで行った。100%フィクションではないが、加味しだされる雰囲気が好き。そのマニア、「何々~府中」、「府中本町から何々」(細かいことを言っているが)意味無いじゃん。
A: 私も知っていた。武蔵野線でいっては駄目。
H: ぴたり静止している空間が必要。季節が流れ、最後に戻ってその空間に来たことがぐっとくる。ドラマティックなことは無い。日常的なことが淡々と。そこに誰も気付かないことを掬い出す、その能力。
A: 何か心に引っかかるような文を書いてみたい。イメージが曖昧なので、それを言葉にしようと思って。
H: それがスキッと書かれている。私は大学に属して文を書く。この世界は分量で脅かすところがある。「かけら」3つの短編で川端賞。短編に対して、短編は長編より難しいか。
A: 私は短編が好き。
H: 「かけら」を読んですごく惹かれる。あの短さに凝縮。「ひとり日和」は1年間の変化をゆっくり。これって川ですよね、幼少期の影響か。「かけら」は1日、バスですよね。
A: バス。
H: 対談で(テーマを)聞いていたがこういう形でまとまるとは。バスにも、貸切があったり色々。本学に来るのは江ノ電の路線バス。他方で貸し切りバス。小学生の遠足、会社の旅行は最初から知り合いが乗る。「かけら」が貸切だが、「さくらんぼ狩りとビーナスライン」、目的は一致するが、以前は知らないが赤の他人でもない。父が遅れてあやまりながらバスに戻る。赤の他人で無いから謝るような関係。小説で設定した父と娘、母と娘で無いような関係が響きあっている。
A: 私も友達と?へ行った。満杯だったがおやつを分け合うでなく、サービスエリアで知った顔に見ると避けてしまう。この小説のような感じはある。
H: 初めは自分でなく友達から聞いたのですね。
A: はい。その後、自分でも行った。
H: 新宿で乗った父と娘。その二人だけが実の親子だが、他人からそう見て貰えるかどうか。5人で行くのと2人で行くのと。娘に課題。「かけら」ではカメラを持って。金物屋の看板。
A: 時々ありますよね。
H: そういう視点、青山本人。
A: 自分にもある。
H: 中央高速、少し早く着く。主人公が、父の日頃見ない光景を見る。おばあさんがころぶのを助ける。そのために遅れる。娘には話さない。よそよそしい関係。ゼミの話題で、父に対してつめたいのではないかと。
A: つめたい。
H: 確かにそうだが、助ける。さくらんぼ狩は背が高くて便利。皆に採ってあげる。その視線がクール。
A: 父にさくらんぼを渡すために待っている。やさしい伏線もある。
H: その後、ビーナスライン。ビーナスって何、調べたこともある。休憩、丘。
A: 丘の方に行って鐘が見える。娘が行ったら見えない。ビーナスの前。
H: 行ったらなくて怒り、集合に遅れる。焦点はビーナスライン。「かけら」はみんな、お父さんがみんな細かいことをつないで行く。ここで父の姿を見た感じ。カント哲学だ。現象しか見えないが、背後にあるものか。純粋理性だ。
A: 娘の影で、旅人でいるかも。
H: あそこで一気に娘に変化が。ビーナスラインで一気に。帰りは寝たりしているが、そこにそういうものを読者に感じさせる。言葉を選んでいるが、背後にふくらみを意識。
A: 娘と父の話を。展開を考えているうちに、後で感じることもある。自分も仕組みはわからない。
H: 「かけら」は、父と娘の大きな関係が描かれている。父の人格。
A: 大きく考え、書きながら、ぼんやりしたホール。そこに向けて書く。
H: 最後は。
A: 大体はある。娘が自販機の横で写真を見る。そこにどうしたら行けるか。
H: うまくいく場合といかない場合が。
A: うまくいかない場合もある。「かけら」も1日のことを書いたので、数日後に写真を見ている所が難しい。取って付けた様にならないか。
H: さくらんぼ狩で父の姿が写っている。
A: 父の視線が斜めに横切っている。それがきれいに。
H: 自分の視点から外れられない。直してこれが筋かな、自信が無いと最初が良かったと。
A: 迷うこともあるが「かけら」はうまく行った。場合によっては書き直す前が良い。
H: 短編は言葉が少ない。
A: 集中する。全体把握できない。
H: (先週のセミナーで)川上が詩を書きなさいと言っていたがどうですか。
A: やってみたい。友人が短歌をやっている。短い制限で言葉の力をだすのが全て。短歌とかやってみたい。
H: 新天地に行ける。歴代天皇は短歌を詠むのが仕事。明治天皇は九万首。それ位詠めば勲章。青山は書いていて目標はあるか。
A: 2007年、会社をやめるのを迷っていて、3篇書いたらやめていいと目標を。
H: なかなかできることではないが、青山は違う。
A: がんばった。中編3本。これから短編を集中して書きたい。2008年10本ぐらい書いた。今年は長いものを。
H: コンセントレーションが高まっているか。
A: 短編は集中、高まったような。
H: フランスで規則正しい生活。寝食を忘れるか。
A: 寝食は忘れない。3時4時までやることもある。働いている時の習慣。
H: 立花隆~~~。
  大学のこういう場(公開セミナー)は初めての経験。青山は、綿矢りさや金原ひとみと同世代。新進気鋭の作家が増えているが自分にとっとどうか。
A: 年齢は気にしていない。同い年ということは意識した。そういう人がいるのはラッキー。
H: 同世代の同業者は意識。(日曜日の原武史参加の公開討論会に触れて)似たような意識はする。綿矢、金原は学年は違う。賞はプレッシャーになるか。
A: プレッシャーでなく、はげみになる。会社のように保険がついていないので、孤立している。税金など一定額の支払いはある。大変だ。川端賞は会社をやめた直後に頂いた。良かったと思った。
H: 後に平成の小説として引用されるだろう。文学は、その時の背景と切り離せない。青山(の小説)は情景がくっきり浮かび上がる。時代を現している。100年後にそう言う人が出てくる。
A: サザエさんを見て、昔はこういうものを使っていたんだとか思う。
H: 小説は(外国に)翻訳もされる。社会科学、人文は残らないし、後世に残るのは羨ましい。青山の本も翻訳されるだろう。

 

 会社勤務を保険がついているとの話題はほほえましい。作家という職業はそれほど大変なことなのでしょう。務めをやめて収入がなくなっても社会的費用等の支出はなくなりません。それを大変だと思っているようです。26歳にして確固たる基盤ができているように思うのですが、26歳から先も相当に長いことは事実。
 先週の川上弘美はオリのようなものを書いていると言いましたが、青山は何を。これから注目します。

 質疑編は追って掲載予定です。

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路上観察:横浜・スカイウォーク(2009年11月3日)

 鮮やかな青空、風は強く、遠望できる予感がしたので、横浜・スカイウォークに出かけました。12時前に到着、もっと早い時間のほうがみなとみらい地区のビル群の光の回り具合が良いのですが、まあぎりぎりでした。

 スカイウォークは、横浜ベイブリッジの東京側主脚下にある展望施設です。ベイブリッジ下の遊歩道を歩いて陸地から300mほど離れた、海面から約50m高のスカイラウンジに到達します。(写真は、スカイラウンジ遠景、スカイラウンジ内からみなと未来地区方面およびベイブリッジ下)
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 みなとみらい地区のビル群の遥か彼方に富士山、その手前に丹沢山塊が見えました。鮮明さにはやや欠けますが、見ることができたのでまあ良し。
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 反対側に視線を移せば、やや逆光のなかに白亜の横浜港新ビルタワーが目に入ります。本日は大型船は見られませんでしたが、小さな船は結構行き交っていました。房総半島も意外と近いです。
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 様子を見て、夕景・夜景を撮りに行きたいと思っています。

 時間制限はあるようですが、首都高大黒町パーキングから歩いていけるそうです。横浜港客船入港予定で確認して、大型船の入出港に合せて訪れるのも良いと思います。
 私もファインショットを狙って時々出かけたいと思います。

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2009年11月 3日 (火)

随想:「維新派・ろじ式」と「つげ義春・ねじ式」(2009年11月1日)

 「維新派・ろじ式」を観て「ろじ式」とは何か、気になりました。
 「ろじ」が「路地」に通じることは、舞台上で繰り広げられるパフォーマンスで判ります。しかし「式」は何を意味するでしょうか。

 朝日新聞(2009年10月26日夕刊)劇評に『「ろじ式」は、つげ義春のマンガ「ねじ式」と街の路地に由来する』とありました。「ろじ」が「路地」であることは私の認識と一致します。

 しかし『「ろじ式」は、つげ義春のマンガ「ねじ式」(と街の路地)に由来する』とは、私には理解不能です。「つげ義春」「ねじ式」という記号の意味が判らないからです。もちろん「つげ義春」が漫画作家であること、何かに引用された数コマから絵の調子は何となく判ります。しかしそこまでです。

 維新派の「ろじ式」を振り返る、あるいは来年予定される「<彼>と旅をする20世紀三部作の第三部」への理解を深めるには、「つげ義春」「ねじ式」を少し掘り下げておく必要があると思いました。

 近所の図書館に出かけ、「つげ義春」で検索したら10件ほどヒット、1件はビデオテープで残りが書籍。先頭が「復刻版・月刊ガロ増刊号つげ義春特集・1・2巻」でした。漫画も収蔵かと思いましたが、重要な作品であるがゆえに収蔵しているのだろうと思い返しました。

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 1・2巻を借り出し、2回づつ読んで次のような点がポイントになりそうだと思いました。

  1.「ねじ式」単独ではなく、「ねじ式」で代表する前後の作品群が関係。
  2.作品群に通底する主なものは旅。作品年代から戦後のまだ貧しい時期。
  3.旅は、精神的・生活的に追い込まれた状況下での。物見遊山ではない。

 「ガロ」の他に「「ねじ式」夜話・権藤晋著」を借り出し購読中読み始めています。少しづつ背景が判ってくると思いますが、維新派とつげ義春には類似の思想が潜在していることは既に感じています。追って整理するつもりです。

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2009年10月31日 (土)

路上観察:横浜・伊勢佐木町ブルース歌碑

 伊勢崎町商店街を、関内駅から遠ざかるようにして10分ほど歩くと、左手に「伊勢崎町ブルース」歌碑があります。今は亡き「青江美奈」が歌って伊勢崎町の名前を全国にしたと言われます。

 ピアノをモチーフにした碑、下部のボタンを押すと歌が流れます。碑の裏面には横浜を歌いこんだ4・50ほどの曲名が刻まれています。碑の後方には大きなパネルがあります。
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  「伊勢崎町ブルース」の発売は1968年初だそうですから既に40年前のこと、知らない人も多いでしょう。

 若い方に伊勢崎町と言えば「ゆず」でしょう。「ゆず」がその前で良くストリートパフォーマンスをしたという松坂屋(以前は野沢屋)も既に閉店しました。松坂屋の屋上に「ゆず」のパネル(?)があったそうですが、私はそれほど興味なかったので写真ストックを作っていません。今になればちょっと残念。

 私が子供の頃は伊勢崎町商店街が横浜の繁華街でした。古い話ですが。先日、商店街を歩いていて世の移ろいをそこはかとなく感じました。

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2009年10月30日 (金)

映画:1000年の山古志

   プロデューサ 武重邦夫
   監督     橋本信一

   鑑賞     横浜黄金町 ジャック&ベティ
   上映     ~2009年11月6日(金) 10:00~12:10
   公式HP   ジャック&ベティ
          1000年の山古志
          日本新聞博物館

 今から5年前のこと、新潟県中越地方で発生した大地震は多くの地域・人びとに大被害を与えました。なかでも全村崩壊と言える山古志村の被害は、メディアを通して私の知るところとなりました。

 山が崩れ、崩れた土砂は川を埋め、埋まった川は水位を高めて人家を水没させました。また田や鯉の養殖池は崩れて水が抜け、牛舎は倒壊して牛は生き埋めになりました。道路に書かれたSOS。翌日、全村避難命令が発令され、村民は自衛隊のヘリコプターで長岡市に避難しました。

 「もう、山古志村には戻れないかも知れない」、ヘリコプターの窓から見える村の惨状を確認して人々はそう思ったそうです。

 定かではありませんが、遠い祖先が山古志に住み着いたのは1000年ほど前だそうです。今に至る間に幾多の困難を乗り越えてきたことかと、旧村民たち(2005年4月1日、長岡市に編入合併)は思いました。
 2006年春から徐々に避難解除され、旧村民たちは復旧のために村に通いながら昔の山古志に戻すことではなく、新しい山古志を創り出す取組みを始めました。
 ただし、30%の旧村民は後ろ髪を引かれながらも他の地域で新しい生活を始めることになります。それでも故郷は山古志だと。

 この映画は中越地震以降の山古志を記録したものです。被写体は選択されても記録された内容は事実、その事実に対して涙を禁じえません。一部は悲惨な状況に直面した旧村民たちへの同情かも知れません。が、残る大半は新しい山古志を創り出そうとする旧村民たちへの共感と賞賛だと思います。

 

 この後、「心をひとつ ふるさと復興展 ~新潟県中越地震から5年~」に向いました。神奈川県庁の斜め向かいにある日本新聞博物館に於いて、2009年11月29日(日)まで開催中です。新潟日報紙面による中越地震の記録です。

 新しいメディアが駘蕩するにしても、新聞が確固たるメディアであることに揺らぎはない。この企画展を観て再確認した。

 

 多少の時間を割いて「1000年の山古志」「ふるさと復興展」に足を向けませんか。私を含めて多くの皆さんが明日直面することかも知れません。

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2009年10月29日 (木)

美術:ニュータウン・ピクニック ~遺跡をめぐるアート~

  会場    横浜市歴史博物館、大塚・歳勝土遺跡公園、都筑民家園
  会期    10/11(日)~11/7(土)
  開館時間  一部を除いて制限なし(?)
  入場料金  無料
  鑑賞日   2009年10月27日
  公式HP  http://www.yaf.or.jp/artsite/archive/2009/group/grp5.html

 

 「都筑アートプロジェクト2009」の一つか全てかは判りません。横浜市北部(市営地下鉄センター北駅)のニュータウンの一角にある大塚・歳勝土遺跡公園一帯を会場とする屋外美術展。遺跡と現代美術がマッチするか、そこが見もの。横浜アートサイト参加企画です。

 私が訪れた目的は、横浜歴史博物館「横浜開港150周年記念特別展 陸の道と海の道の交差点 江戸時代の神奈川」の鑑賞でした。東海道53次第3番目の宿場町で、近代横浜が胎動し始めた場所を、当時の資料で再現する試みです。なかなか興味深いものでしたが、ここでは先に進みます。

 博物館の屋上から大塚・歳勝土遺跡公園に通路が延びています。公園には復元された弥生時代の竪穴住居や高床倉庫があります。背景に真新しいビル群が見え、住居内外に作品が点在し、子供が遊びまわっているのもなかなかシュールです。

 全体で20数作品の2/3ほどを観ました。作品は若手制作者の手になるものと思えます。ドキッとさせられるものはありませんでしたが、にやっとするものがいくつか。  

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 会期はもう暫くありますので、 ご近所の方は散歩がてら出かけてみませんか。

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