2012年2月 1日 (水)

音楽:神奈川フィル第277回定期演奏会

  指揮  サッシャ・ゲッツェル

  独奏  松田理奈(Vn)

  演奏  神奈川フィルハーモニー管弦楽団

  曲目  R.シュトラウス:交響詩「ドン・ファン」
      ブルッフ   :ヴァイオリン協奏曲第1番ト短調
      イザイ    :無伴奏ヴァイオリン・ソナタ第2番第1楽章
                          (ソロ・アンコール)
      ブラームス  :交響曲第4番ホ短調

  会場  横浜みなとみらいホール(1階13列22番)
  公演  2012年1月28日14:00~16:00(休憩15分)

 

 R.シュトラウス。コンマスのソロがあったりホルンの聴かせどころがあったりして、オーケストラの様々な表情が現われます。新年の最初の曲には相応しいかもしれません。もっとも神奈川フィルの新年度は4月からですが。

 サッシャ・ゲッツェルは大きな動きで精力的に指示を出していました。指揮台で何度跳び上がったことか。まあ、それはそれとして、神フィルの魅力も曲の魅力も惹き出してくれました。

 

 ブルッフ。ソロの松田理奈は初めて聴きます。ヴァイオリンを胸の前に両手で持ち、しばし頭を垂れて祈るようにしてから演奏が始まりました。初々しい感じでしたけど、始まってみれば実に堂々とした演奏です。でもまだ20代、才能は偏在する。

 ロマン派らしい叙情的な曲ですが、美しく物語るように演奏されて私は好感を抱きました。使用したヴァイオリンはJ.B.Guadagniniと記されていましたが、華やかさを控えめにした重厚で実に豊かな音色、私は好きです。神フィルのサポートも良く、コンチェルトの魅力を充分に感じました。

 アンコールのイザイは、バッハを感じさせながら鋭い旋律が続きます。ブルッフとは随分と異なる面が聴けました。この曲のCDをリリースしているくらいですから、得意とするところなのでしょう。全曲、聴きたくなりました。

 

 ブラームス。休符を挟んで下降・上昇が繰り返される哀調ある主題がヴァイオリンで奏でられ、一気に演奏に惹きつけられてしまいます。やがて管に移り、チェロとホルンに移っていきます。神奈川フィルの絃は美しく、管も美しいし安定しているし、それだけではありませんけど。

 4曲の交響曲中では1番・4番が好きですけど、一つを選ぶとすれば、哀調を帯びた主題で始まり、劇的な総奏で終わる4番。ホルンで始まる第2楽章、ティンパニーが活躍する第3楽章を含めて印象深いものがあります。

 4番の魅力を充分に惹き出されたと思います。演奏を終えて管・打楽器パートが丹念に祝福されていました。サッシャ・ゲッツェルと神奈川フィルは相性が良さそうです。ちょっと動きすぎと思うのですが、結果良し。

 

 神奈川フィルの特徴を確認するために、今年は横浜みなとみらいホールで定期的に公演する他オーケストラも聴きに出かけるつもりです。この3年間、神奈川フィル以外のオーケストラを何回聴いたかな。

   (2012年2月1日記録)

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2012年1月30日 (月)

音楽:モンテヴェルディ「聖母マリアの夕べの祈り」

  指揮・音楽監督 濱田芳通

  独唱      澤村翔子(ソプラノ)、
          弥勒忠史(カウンターテノール)、
          高橋淳(テノール)、
          鹿野浩史(テノール)、
          春日保人(バス)、
          小笠原美敬(バス)
  合唱      ラ・ヴォーチェ・オルフィカ
  演奏      アントネッロ

  曲目      モンテヴェルディ:聖母マリアの夕べの祈り

  会場      神奈川県立音楽堂
  公演      2012年1月27日 19:00~21:10(休憩20分)

 

 夕べの祈りとは晩課、すなわち正教会の晩の奉神礼あるいはカトリック教会の晩の典礼のこと。ここら辺りまでは調べればすぐ判る。重要なことはその先だろう。しかし、それが判るのを待っていれば、美しい音楽を聴くことは一生涯ないだろう。判ってから聴くか、聴いてから判る努力をするか、私はある時期に後者を選択した。努力はさほどしていないが。

 濱田芳通・アントネッロを聴いたのは4年前の「オルフェオ」、作曲はモンテヴェルディだし、会場も県立音楽堂であった。ファンファーレが客席後方から響いたその瞬間に魅了されたしまった。モンテヴェルディなのか、濱田芳通・アントネッロなのかは定かでなかったが、多分両方であっただろう。

 

 今回の演奏会も良い一夜になるだろうと期待していた。そして期待を裏切られなかった。音楽的に色々なものが詰まっており、演奏も趣を感じた。

 聖母マリアの夕べの祈りは、モンティヴェルディ作曲の華麗な表現、その間に挿入される静謐なグレゴリア聖歌がみごとに融合して、美しくかつ劇的な響きが延々と続く思いがした。

 演奏で言えば、多くの独唱や重唱・異なる声部による合唱・器楽演奏や通奏低音。合唱者がリコーダーや確かサックバット(トロンボーンに似た楽器)を奏したり、濱田がリコーダーやコルネットをを奏しながら指揮することもあった。通奏低音のチェンバロとハープ(ヒストリカルな物)の持ち替えはびっくり、テオルボが意外に響くことを知った。一度、テノールとサックバットが舞台袖に下がって、そこでオブリガートを奏することもあった。耳ばかりでなく、目も楽しませてくれた。

 

 華麗、力強くもあり静謐でもあり、そして楽しい演奏で二時間余があっという間に過ぎた感じがした。独唱も合唱も演奏もバランスが取れていた。強いて言えば独唱が少し強かったかも知れない。会場が小さいから、オペラ歌手が加減してもそういうことに成るかとも思った。

 もっと知識を持ち合わせていたらより楽しくなるかも知れない。しかし、現状でも大いに満足できた。宗教音楽はとっつき難い一面があるけれど、聴けば結構面白い。特にモンティベルディは楽しさも感じる。

   (2012年1月29日記録)

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2012年1月27日 (金)

美術:横浜美術館「松井冬子展」

  名称   松井冬子展 世界中の子と友達になれる
  会場   横浜美術館
  会期   2011年12月17日(土)~2012年3月18日(日) 、詳細は要確認
  鑑賞日  2012年 1月25日(水)

  参考   横浜美術館松井冬子展ホームページ

 

 「ヨコハマトリエンナーレ2011」閉幕後の最初の企画展。企画展ポスターにもなっている作品「世界中の子と友達になれる」が寄託作品として常設展示されていることは承知していた。底知れないものが描かれているとの思いもあった。

 ところで、2011年NHK紅白歌合戦の審査員に選ばれた理由を、ウィキペディアは「公立美術館に於いて初の大規模な個展を開催」としている。大晦日は、会期3ヶ月のうちの2週間を過ぎたところ、評価はまだ定まらないだろう。絵以外の話題があるのか、美貌を指摘する記述は多いが。

 

 展示は第1~9章に分かれて、順に「受動と自殺」「幽霊」「世界中の子と友達になれる」「部位」「腑分」「鏡面」「九相図」「ナルシズム」「彼方」の章題になっているが、何か身構えてしまいそうだ。

 これらは宗教的なテーマを予感させる。例えば、小野小町九相図や地獄絵図を想起する。しかし表現は現代的で無機質。狂気や恐怖は感じるが、不思議と痛みは伝わらない。

 そう思う理由は描かれるものによる訳だが、抑制的な淡い彩色はあるものの無彩色を感じさせる仕上がりになっていることも大きいか。鑑賞者によって受け止め方が随分異なるだろう。

 

 副題でもある「・・友達になれる」は東京藝大学部卒業制作、そのための写生や何枚もの下図が併せて展示される。一人描かれる人物の位置も色々試行している。

 この絵の人物は画面左側に位置し、画面外側を見つめるようにに横向きに描かれる。盗み見のようでもある。「・・友達になれる」と言いながら、出る口の先から否定しているようでもある。足には血が滲む。今を盛りと咲き誇る藤の花の下方に視線を移せば、無数の蜂の群れが目に入る。右側には空の乳母車。友達になるのもなかなか難しそうだ。
 写生・下絵・作品と見比べて、その創造過程を想像するのは興味深い。この一角は特に興味深い。

 

 所蔵先を丹念に見たが公共美術館の所蔵はほとんど無く、個人蔵が多く、画廊等に留まる作品も多い。テーマの特異性によるものか、評価がまだ定まらないゆえか。「・・友達になれる」を初めて見た時から気にはなっていた。これからも注目しよう。

 結びはこれしかない。芭蕉七部集「猿蓑」より「夏の月の巻」の付合い。

   さまざまに品かはりたる恋をして  凡兆
     浮世の果は皆小町なり     芭蕉

   (2012年1月26日記録)

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2012年1月26日 (木)

横浜散歩:市営地下鉄阪東橋駅から高島町駅(2012年01月25日)

 寒い朝だと思ったのですが、用足しを終えた11時過ぎには随分と暖かくなっていましたので、散歩することにしました。坂東橋の近所から、ほぼ市営地下鉄に沿って高島町駅附近まで。通過駅で言えば、伊勢佐木長者町・関内・桜木町を掠めて高島町になります。

 横浜橋商店街、TV番組でも時々取り上げられるのでご存知の方もおられるでしょう。落語家桂歌丸さんの似顔絵を書いた幟が飾られていますが、商店街の会長だか名誉会長らしいです。“コニー・フランシスの大人になりたい”が流れていましたが半世紀前の曲でしょう。選曲はどなたかの趣味なんでしょうか。

 早めの昼食を大通り公園に面した商店街脇の天丼屋で。TV番組の「キタナシュラン認定書」が掲げてありました。芝海老のかき揚げ丼はちょっと揚げすぎ、通常メニューが安心のようです。ご飯が他店の大盛り位あって食べ切れません。大盛りを頼もうとした人が600gあるよと言われて並盛りにしていました。私が食べ終わる頃には列ができていました。

 伊勢佐木町5丁目辺りから商店街に入り1丁目へ。横浜の古い繁華街で、高い建物が少なくのんびりした印象があります。変化と言えば、アマチュア時代の“ゆず”がその前で良く歌っていたという横浜松坂屋は既になく、後に新しいビルが完成間近でした。何ができるのでしょうか。

 伊勢佐木町商店街の関内側から吉田橋を撮ったのが次の写真です。関内駅はありますが、関内と言う地名はありません。関内の“関”は関門の“関”で、その関門跡碑が吉田橋上(写真では右側)にあります。写真奥が関門の内側、すなわち関内、歩いてきた一帯は関外。近くを通る折にでも、関門跡碑を眺めてみて下さい。
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 ジャズ・ライブハウス“エアージン”の前で今月のプログラムを眺めて、みなとみらい地区に向かいました。弁天橋の上からみなとみらいのビル群を撮ったのが次の写真です。空がきれい、ランドマークタワーを含めて横浜を代表する景色です。しかし最近思うのですが、ビルの意匠を横浜らしいと言うのであって、その内部空間に特徴があるのかななんて。横浜に限らないですが。
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 横浜美術館内のカフェー、コーヒー一杯で一時間半ほど読書。その後に“松井冬子展”を鑑賞しましたが、感想は追って。ここまで来れば高島町駅は直ぐそこ。夕方はやはり寒くなりました。

  (2012年1月26日記録)

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2012年1月24日 (火)

音楽:日本の音でお正月!

 番組 第一部
     茂山家の舞初 語「鎧」、小舞「三人夫」「京童」「土車」、一調「小原木」
       茂山千五郎、茂山千三郎、茂山宗彦、茂山逸平、井口竜也、鈴木実
     宮城道雄「春の海」
       藤原道山(尺八)、SINSKE(Mar)
     「三番三」によせて
       茂山千三郎(舞)、藤原道山(尺八)、
       SINSKE(Mar)、田中傳次郎(囃子)
       狂言「福の神」
         茂山千五郎、茂山宗彦、茂山逸平
    第二部
     舞楽「春庭花」
       東京樂所

 会場  神奈川県立音楽堂
 公演  2012年1月21日(土)
 鑑賞  2012年1月21日(土) 14:00~16:05(休憩25分)

 

 陰暦1月15日を小正月、地方によっては1月20日を女正月と呼ぶそうです。女性が休養し男性が家事一切を行う、忙しかった正月のねぎらいの日なのでしょう。テンポの早い現代は、正月の雰囲気もせいぜい松の内くらいまで。21日に「日本の音でお正月」と言われても時期を逸しているようですが、それは脇に置いて日本の音を楽しみました。

 

 「茂山家の舞初」。狂言大蔵流の茂山家は、4日に自宅稽古場で舞初式を行うそうです。その模様の再現、一部か全部かは判りません。
 当主千五郎の緊張感のある声は、オペラ歌手に匹敵する声量と判りました。能舞台ではそれほど感じませんが、定員1000人余のコンサートホールを充分鳴らしていました。それと、間の音が消え入る美しさ。県立音楽堂は残響1.7秒ほど、声は多少こもるのですが、音の美しさを感じました。

 「春の海」、マリンバは洋楽器ですが木でできているので音に違和感はありません。琴よりマッチしている感じ。山本道山、名前は承知していましたが聴くのは初めて、名前を良く見聞きしますが何となく納得。SINSKEも初めて。

 「三番三」によせては新作。普通は「三番叟」ですが大蔵流では「三番三」だそうです。揉み出しや大地を踏みしめる所作などモチーフにした舞と、尺八・マリンバ・囃子の共演。舞から「三番叟」の雰囲気は伝わりましたが、演奏は良く判りません。田中傳次郎も名前は承知していましたが、聴くのは初めて。

 「福の神」、千五郎の福の神、豊かになるためには心持が大切だとさとし、笑って去って行きます。年の初めに相応しい出し物。隣に横浜能楽堂があるのでそちらで見たい思いがしました。

 「春庭歌」。四人の舞人と十数人の奏者、それぞれが美しい衣装で登場。舞はシンプルな動作の繰り返しですが、大地を踏みしめる所作が基本のようでした。楽器の音色は識別できるのですが、曲の成り立ちが判らないので音が重なっている程度の印象でした。レクチャーコンサートなどの機会があれば参加してみたいです。

 

 色々な物を詰めたおせち料理のような企画でした。間口が広すぎるとも思いましたが、判らないなりに楽しかったです。
 能狂言は時々、文楽はたまに出かけるので、その範囲の伝統音楽は聞く機会があります。他の伝統音楽も嫌いではないと思っていますがチャンスがないです。機会があれば出かけたいとは思いました。

   (2012年1月24日記録)

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2012年1月22日 (日)

脱原発世界会議(4) 「日本のメディアはなぜ事実を伝えないのか?」 (長文)

 2012年1月14・15日の両日、パシフィコ横浜にて開催された「脱原発世界会議」。
 その中の15日に行われたセッション「日本のメディアはなぜ事実を伝えないのか? ~脱原発の進むドイツとメディア制度がここまで違う!」の概要を整理した。

 講演は日隅一雄(NPJ編集長・弁護士)・川島隆(滋賀大学経済学部特任講師)、司会は岩上安身(IWJ代表)。

 会場定員は130人だが、左右後方通路には立っている人、中央通路には座り込む人がいて、定員の倍以上の方が詰め掛けていたように思う。

 セッションは約1時間半、ビデオ記録は次のサイトに掲載されている。

  (A) Our Planet TV
  (B) Independent Web Journal

 興味深い話なので時間を都合つけて視聴願いたい。なお、(1)の方が記録が鮮明、(2)は司会者との討論途中で記録が終わっている。

 (A)について言えばセッションは86分まで続き、およその進行は次の通りである。なお、講演で使われたパワーポイント資料はこちら

  (a)  0m30s 企画者の説明
  (b)  2m50s 司会者の挨拶
  (c)  5m05s 講演
      ドイツでの報道(日隅)
      メディア制度をチェックする際のポイント(日隅)
  (d) 15m15s 講演
      ドイツの制度(川島)
  (e) 26m00s 講演
      仕組みの重要性(日隅)
  (f) 31m00s 司会者との討議
  (g) 57m30s 会場との討議

 

 企画者説明で、企画意図は、(1) 個別メディアの問題でなく、海外と日本のメディアは仕組みとしてどう違うか、(2) ドイツのメディア制度、を明らかにすること。1945年、戦後のドイツと日本はメディアの改革が求められ改革したが、60年以上を経て大きく違ってしまったことも判るだろう。

 

 講演概要は十数行後から掲載する。

 

 司会者との討議では、まず講義の補足的な質問から始まった。

 オルタナティブのメディアは、本質的なレベルで日本とドイツの差はない。

 脱原発で言えば影響力の強かったのは新聞。インターネットは受信料出さなくても良いよねとなるので、欧州でもアメリカでも伝統メディアは危機的状況になる。重要なのは世代を超えた活動、インターネットも例外でなく、人が集まって議論できる場が必要。持続面でも弱い。従来メディアも必要。

 持続のための財政基盤は、混合財源が良いだろう。ドイツでは企業からお金を貰えない。公的助成金には弊害もあり、体制が変わって活動できなくなったことがある。

 市民メディアはどこも赤字だろう。今回、情報の価値に気付いた方は多いだろうから、是非支えて頂きたい。

 その後(43分30秒以降)はクロスオーナーシップや原子力政策の背景など、シビアな内容に言及するので、是非ビデオ記録を視聴されたい。メモも上手く取れていないし、残念ながら私は正確に伝えられない。

 

講演概要

《日隅》 ZDF(ドイツ国営放送)は、作業員が防護服で寝転んで休む様子や各種報道機関の取材を受けないという誓約書を書かされたと報道。4月1日の保安院の会見の「人間は海水を飲みません」に、「確かに海の水は飲まない」とからかった。

 シュピーゲルや海外メディアは、事故当日から日本の気象庁が提供する放射能汚染の拡散情報を報道、5月28日には原子力村について突っ込んだ報道をした。

 専門家の意見に加え各党の意見、安全なことも危険なことも報道する。
 日本は、会見に専門知識を持たない記者が配置されるため専門家の一次情報が伝わらず、一番重要な最悪の状態の想定も報道しない。ドイツのような報道がされないのは仕組みが関係する。

 世界的に考えられていることは、(1) 外部圧力を防ぐ仕組み、(2) 内部(経営層)圧力を防ぐ仕組み、(3) マスメディア以外のメディア。今回はインターネットがあったが日本ではまだ不足。(4) 我々の役に立つ情報が出るか。娯楽一辺倒、ニュースでのタレントのコメントなど、見るに絶えない。

《川島》 ドイツの (1)メディア体制、(2)オルタナティブなメディアについて話す。

 欧州のメディア制度はアメリカと対照的。ドイツは国営放送の時代が長く、民放導入は1984年。日本は戦後直ぐ。

 特徴を一つは集中排除。ナチス政権のメディア支配への反省が強く、国家や大企業、内・外部から圧力を防ぐ仕組みがある。

 地方ごとに公共放送、ZDFは様々な公共放送の連合。公共放送の内部委員会は中立性チェックの制度。民放にも国家や大企業の影響排除の仕組みがある。

 州ごとに独立行政機関の政府から独立したメディア庁があり、財源は受信料から約2%を確保。メディア委員会で意思決定し、委員は様々の世代、男女別にバランスの取れた人選をする。

 欧州に共通するコンセンサスは、オールタナティブの市民メディアは世間が支える。放送受信設備を持つ人の受信料から予算を出す。英仏蘭、北欧に様々な制度。

 1970年代、深刻な環境破壊が進行。原発建設が進む状況で反対運動が盛り上がる。「みどりのラジオ」あるいは「自由ラジオ」、当初は海賊ラジオだが、マスメディアの伝えない反原発情報などを伝えた。結果的に「みどりの党」のできた遠因にも成った。

 「市民放送局」とか「オープンラジオ」と言うが、意見を持つ市民団体は番組を作って自由に放送できる。ドイツ全体で80~100局ぐらいある。

《日隅》 日本はTV・新聞が同一資本下にあるが、他国では考えられない。TVは免許で支配、それが新聞にも及ぶ。利益のために政府に近づくことがある。例えばウォーターゲート事件。

 他国では、例えばトヨタとホンダが同じ広告代理店を使うなどはありえない。日本では当たり前だが、公取はやりすぎと指摘する。

 仕組みが良くてもやる気がなければ駄目。やる気があっても仕組みが無ければ、家庭を犠牲にしてまで報道に殉じようと考える人は少ない。ドイツでは、広告料に関して州議会が関与できる余地を残すことは違憲だと。後で確認できないから、権限を排除できる仕組みが大事なんだと。

   (2012年1月21日記録)

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2012年1月16日 (月)

脱原発世界会議(3)

 会議の状況を、東京新聞は15・16日朝刊で一面トップ・一面トップ下・他のかなりのスペースを割いて記事掲載。朝日新聞は15日に一般記事として掲載。他の全国紙はどのような扱いだったでしょうか。後で図書館に出向いて確認するつもりです。

 各新聞社が自主独立の精神に基づいての判断でしょうからとやかく言う必要はありませんが、内容に大きな差があるのは事実です。持ち込み企画の一つに「日本のメディアはなぜ事実を伝えないか?」がありました。様子は中継されていたので、追ってIWJなどのインターネットメディアに掲載されるでしょう。興味あれば一覧願います。私もメモをしたので上手く整理できれば追って掲載します。

 

 ところで会場の様子を、差し支えない(と思う)範囲で写真に撮りました。雰囲気だけでも伝わればと、簡単な説明をつけて掲載します。全て15日です。

 「だれでも好きな電気を選べるスウェーデン」は定員120名で満員。途中入場で立っていましたが、暫らくして座れました。スウェーデンでは、発電会社と送電会社の二本立て、原発を使用しないことを売りにする会社もある、価格明細が判る、例えば“価格.com”のような比較サイトで会社を選択できる、風力だけを選ぶと価格上乗せがあるが0.33円/Kwh、時間ごとに価格が変動している、自由化しても安定性は損なわれていない、など。Q&Aで、自由化により価格は上がっているが、消費税上昇も大きいので自由化による上昇とは特定できない、など興味深い内容でした。
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 ロビーの多分インタネット中継風景、これは最も大掛かりなグループでした。各会場では民生用カメラで多分インタネット中継していました。
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 「日本のメディアはなぜ事実を伝えないか?」は定員130名だけど左・右・後方に立つ人多数、中央に座り込む人も。スピーカーにNPJ編集長・弁護士の日隅も。他のフリージャーナリスト達を含め、この人がいたからマスメディの報じない東電原発事故の詳細を知ることができたと言って過言で無いでしょう。短い時間でしたが話を聴けて幸いでした。
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 ロビーでのセッションです。
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 「首長会議:地域発・原発に頼らない社会のつくりかた」は定員1000名の大ホールで満員。登壇者は、福島県双葉郡双葉町町長、福島県南相馬市長、静岡県牧之原市市長、静岡県湖西市市長、千葉県長生郡長生村村長、東京都世田谷区区長、新潟県西蒲原郡巻町元町長、東京都国立市元市長、司会は山本コータロウ。首相はTPP、増税、原発再開、原発輸出など言っているが今こそ歴史に学んで脱原発を世界に発信せよ、「脱原発市区町村長会議」を立ち上げるとの宣言など。被災地域の市長・村長などの発言を含め、力強い内容でした。
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 「国会議員フォーラム」は定員600名でほぼ満員。そして同時進行していた大ホールの「閉会式」には「国会議員フォーラム」が終えてから移動しました。立っている人も多くいました。
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  (2012年1月16日記録)

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2012年1月15日 (日)

脱原発世界会議(2)

 会場ロビー等では、写真展やポスターセッション等も多数企画されていて、多くの人が見入っています。この写真展は、広河隆一の写真展「チェルノブイリ25年フクシマ元年」で、写真左側に向かってパネル6枚?の両面に写真が展示されていました(写真は、説明と異なりますが人が写りこまないタイミングを狙って撮影しています)。
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 この奥の部屋では、広島や他所の原爆被災の写真展が、他の場所でも。もちろん、福島原発災害状況写真も展示されていました。どの写真を見ても胸が痛みます。

   (2012年1月15日会場にて記録、あとで修正)

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2012年1月14日 (土)

脱原発世界会議

 パシフィコ横浜・脱原発世界会議、入場待ちの列です。老若男女・子供・赤ちゃん・外国人、多くの人が詰め掛けています。後ろにも50m以上の列が出来ています。

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 私も二日間、参加します。様子は追って。

   (2012年1月14日会場前にて記録、あとで修正)

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路上観察:鎌倉・和賀江嶋(2012年1月10日)

 鎌倉えびすの賑わいを味わった後、小町通り、大町通りを過ぎて和賀江嶋に向かいました。和賀江嶋は、現存最古の港湾施設であり国指定史跡になっています。じっくり観たのは一昨年の十二月、その時の様子はこちら

 和賀江嶋は満潮時には海にほとんど歿してしまいますので、家を出る前に潮汐を調べておきました。到着する頃は干潮から2時間ほどずれますが、それでも海面上に露出する部分は多くなっているだろうと予想していました。 

 様子は写真を見て頂く方が早いですね。今回は海岸線から東側に少し回りこんだ小坪から、すなわち東から西に向かって撮影しています。遠景には江ノ島と稲村ガ崎が写っています。ズーミングすると、石を積み上げた様子がしっかり判ります。
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 近くの岩の上に和賀江嶋の碑が建っていました。以前の台風で倒されて岩だけが残っていたのですが、ようやく修復されたようです。
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 次回は彼岸の大潮の頃に再訪したいと思っています。多分、和賀江嶋に歩いて渡れるでしょう。完成は鎌倉時代、民衆の大変な苦役によるものでしょう。その様子を間近で感じたいと思っているのですが。

  (2012年1月14日記録)

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