2017年8月 8日 (火)

路上観察:逗子市は面白い?

 この季節、逗子市と言えば海に注目が集まりますが、ここでは池子遺跡資料館が面白かった話です。

 資料館の話の前に、池子と言えば、神奈川県逗子市(大半)と横浜市金沢区(一部)にまたがる在日米軍施設の池子住宅地区及び海軍補助施設としての認識が強いです。

 その前は、1938(昭和13)年に設置された大日本帝国海軍の施設でした。いまでも山側を歩くと、往時の痕跡が残っています。
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 資料館は3階建てで、展示室は3階の一角の90平方メートル弱です。池子の発掘品だけですし、陳列ケースに最密充填したような展示ですから、じっくり見学するとそれなりに時間はかかります。
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 資料館は常時公開されているのですが、行った時は私一人だけ、小一時間見学していたのですが、その間に誰もきませんでした。どうも、見学者はあまり来ない様子を感じました。

 資料館の展示品は、縄文期から近代にまで及びますが、近代の発掘品のキャプションが、何とも生々しいです。軍隊が押し寄せる時は、こんなものなのでしょう。決して池子だけではないと思います。
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 ところで、なぜここに資料館ができたのか。米軍施設建設に際して埋蔵文化財が影響することが予想されたので、神奈川県埋蔵文化センターと財団法人かながわ考古学財団が、調査と同時に発掘品保存のために造られたそうです。

 中世遺跡として、鎌倉周辺に見られるやぐらと呼ばれる石窟遺跡が、山裾に多くあったそうです。写真展示がありましたけれど、現物は米軍施設内ですから何とも。
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 ちょっと話は飛びますが、春先に公開されていた名越切通しのまんだら堂やぐら群はここから近いです。
 いずれもA3三つ折りのパンフレットを頂きましたが、基礎的な知識はこれで得られます。逗子市教育委員会の発行で、あり難く思います。
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 鎌倉と鎌倉の外港である六浦を結ぶ街道の一つが、鎌倉・名越切通し・池子・六浦と繋がる浦賀道沿い。もっと内陸部を通るのが、鎌倉・朝比奈切通し・六浦と繋がる金沢道。このように考えて時代の矛盾がないかは、これから少しづつ調べます。

 池子を過ぎて、坂東三十三観音の第二番札所海雲山岩殿寺に行ったのですが、その話は次の機会に。 

  (2017年8月7日記録)

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2017年8月 6日 (日)

路上観察:鎌倉・釈迦堂切通

 鎌倉七口は、朝比奈切通、名越切通、極楽寺坂切通、大仏坂切通、化粧坂切通、亀ヶ谷・巨福呂坂切通です。

 釈迦堂切通(図中央の点線部分)は、鎌倉内の切通ですから七口には含まれません。それに崩落の危険があるからでしょう、通行止めになっています。よって人の口に上ることも少ないように思えます。

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 以前は、規制地点が現在よりもう少し奥だったので、遠目に切通を見たことはあります。引き返す私の横を、強者が規制地点を通り過ぎて行きましたっけ。 

 周辺を歩いていると、釈迦堂切通が通行可能ならばもう少しウォーキングのヴァリエーションが生まれそうだなんて思っています。
 それにこの辺り一帯は、実は結構魅力的な地点なのです。鎌倉時代の三代執権・北条泰時が、父・義時のために建立した釈迦堂があったところと伝わります。それに多くのやぐら群もあるようです。

 通行止めの先に進む気はありませんが、横にそれて行ける所まで行ってみる。北側からアプローチしたことはあるけれど、南側からも試してみる。
 それに衣張山からけもの道があるとかの情報もあるので、いまは草が繁っているので、晩秋以降にアプローチしてみるとか。

 傍からすれば、そんなことを考えて何が楽しいかと思うでしょう。為政者の歴史でなく、それを成し遂げたのは庶民で、庶民の歴史と思ってそれらを垣間見るのは結構面白いです。
 あるいはどれほど強制されたかとか。時代が変わってもさして変わらないなとか。

  (2017年8月6日記録)

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2017年3月27日 (月)

「共謀罪」法案についての多少の思い

 テロ対策のためと言われる「共謀罪」法案の審議が進んでいる。国家テロなる言葉もあるように、テロの定義はあいまいだ、少なくとも私の中で。そこで頼りにしているのは古い雑誌の記事、全文掲載はできないので肝心と思われる部分を引用しておく。多少とも参考になるか。

 「明確な政治発言を促進する会」は、ニューヨーク・レビュー・オブ・ブックスの2002年10月10日号から続けて3号で、次のような広告を掲載した。

 『懸賞募集…「テロリズム」定義する。条件は、(a)戦法としての特徴を明確にする、ただし(b)米国の軍事戦略・戦術を除くこと。この二つの条件をかなえる定義を最も早く提出した者には賞金1000ドル提供。』

 発起人たちには、米国政府が「対テロ戦争」を開始しながら、政府当局者も国民も「テロ」とは何かについて完全に混乱しているよう見えたからである。

 『明確な定義なしには、どこを攻撃し、攻撃する資格があるのは誰かについて確信が持てないではないか。米軍がこのような戦争を行いうる主体であるためには、上記の(a)および(b)という条件を満たすような「テロ」の定義が可能でなければならない。このような定義を下せる人がいることを期待して、私たちは懸償募集のスポンサーになる決意をしたのである。』

 『ではいったい、テロとは何なのか。
 私たちが驚いたのは、応募者の誰ひとりとして、手始めにオックスフォード英語辞典(OED)その他の古い権威のある出典にあたるという、自明の手段をとらなかったことである。OEDの定義はためになる。

 テロリズム…
 1.フランス箪命当時、一七八九年から一七九四年まで政権党が命令し実施した脅迫による統治。「恐怖」政治(一七九三~九四)。
 2.(一般的に)選択した相手に恐怖を与えることを意図する政策。威嚇という方法を採用すること。恐怖を与えている、あるいは恐怖にさらされているという事実。
 「テロ(テロリズム)」とはもともと、一部の国民を無作為に殺害して国艮を服従させようとして政府が用いた方法を意味した。「恐怖政治」に決定的に重要なことは、法律の崩壊であった。法の支配の下であれば、どのような行動に出れば国家の暴力がふりかかるか、かなり確実に考えることができる。』

 『テロの意味はその後さらに拡大し、国民を相手にした国家の戦争の一戦略だけでなく、国民が国家を相手に行使する戦略、あるいは植民地の住民が宗主国に対して行使する戦路も含むようになった。また、国家間の戦争にも用いることができる。これは敵の士気をくじく戦略であり、犠牲者を選ぶのに際して一切のルールを拒否し、敵のグループの誰一人安全ではいられないようにする。』

 『「いっさいのルールを拒否する」とは、国家が国民に向けてテロを行っている場合は、一般に知られている刑法を無視することで、どのような行為が罰せられるのか、国民にまったく分らないようにすることを意味する。戦時下の軍隊の場合は、非戦闘員の殺戮を禁止した戦争法に従わないことで、誰ひとり攻撃を免れる道はなくなることを意味する。』

 「テロ」の語感に「恐怖政治」の意味合いは希薄だ。「共謀罪」法案に反対する者の意識は、「恐怖政治」に向くのだろう。私もそう感じている。

出典:題名:テロの定義とは?(Concerning a Small Matter of Definition)
   著者:C・ダグラス・スミス
   訳者:加地永都子訳
   書名:世界・2004年2月号 P97-108
   発行:岩波書店

   (2017年3月27日記録)

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2017年3月24日 (金)

2017年3月23日の国会証人喚問について

 昨日は風邪気味のため外出せず、国会証人喚問を通して視聴した。解明すべき事態の当否を別にして、証人喚問の推移を私なりに総括すれば、次のようになる。

 虚偽の証言をすれば偽証罪に問われるとの状況下での籠池氏の発言は、明瞭で、小気味よいくらいのテンポだった。もちろん刑事訴追の恐れのある個所で発言回避に物足りなさは感じたが、致し方ないだろう。全体的として誠実に対応したと判断できた。

 非難されるべきは与党議員、真実を追求するベクトルはほとんど感じられなかった。この件に関して、早く沈静化させようとの意図が滲み出ていた。最初の質問者・西田参院議員は、「資金繰りが見通せないない中で学校経営に乗り出したのが悪い」と畳みかけたが、「議員の言っていることは的外れ」と一蹴された。仮に資金繰りが問題であっても、土地がを購入できて、学校建屋が形を表している現実こそが問題であろう。下地衆院議員に至っては、発言の端々で威圧、恫喝しているようにも感じた。そして「梯子をかけたのは大阪府知事で、証人が滑り落ちた」と。これは、とりようによっては大阪府知事が便宜を図ったと言ったととれるが、どうも自滅の感が強い。
 近々の選挙もうわさされているようだが、与党議員は選挙の際に刺客を立てられないように点数稼ぎをしているのではないかと感じた。真実の究明などどうでも良いと言うように。

 野党議員は、政権へ打撃を与える意図もあったと思えるが、総じて証人に寄り添うような態度を見せながら、真実に迫ろうとの意思が感じられた。例えば、枝野衆院議員が証人の発言に対して「経緯からしてにわかに信じがたい(阿部夫人への問い合わせに対して、谷さんからのFAX回答があった)のだが、偽証罪に問われることがあります。」と再確認をするようなところ。

 証人喚問が終了して退出しようとしている証人のもとに歩み寄って挨拶していたのは恐らく宮本衆院議員、音声は無いけれど様子からして労っていたと思われる。議員も様々と感じた。

 証人喚問は真実を追求する場だから、証人の口から出た数々の関係者は、いかがわしい思いがなくても証言をするべきだろう。証人の重みを持った発言に対抗できるのはそれしかない。
 いかがわしいことがないのになぜ証人喚問をされなければならないのか、などの発言は印象操作であり、レッテル貼だろう。   (2017年3月24日記録)

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2016年10月 3日 (月)

横浜美術館・2016年度第2期コレクション展(収蔵品展)

 10月1日から、新たな企画展「BODY/PLAY/POLITICS」と展示替えした「コレクション展」が始まりました。早速、2日に行ってきました。ただし、企画展は後回しにしてコレクション展に直行。

 最近は、コレクション展の見せ方がとても工夫されているように感じられて、毎回、楽しく見ています。単に好きなだけで専門性など皆無ですが、「コレクション展」の充実は美術館の実力などと、生意気なことを思ったりもします。

 ただ、すぐにどうにかなる物でもありませんが、展示場の狭いことが難点。もっとゆったり見られたら、感じられることが増えるように思います。音楽による描写ですが「ムソルグスキー・ラベル:展覧会の絵」のように、プロムナード・作品・プロムナードを繰り返すような美術館、まあ高望みはやめましょう。

 今回のコレクション展には4つテーマがあって、その一つが「描かれた横浜」。そのものずばり、横浜の一角が描かれた作品を展示しています。今回は、そこだけに対象を絞りました。描かれた地点を一覧にした地図も配布されていて興味深いです。

 私も街歩きを続けていますが、展示された作品の多くの写生地に足を運んでいることも判りました。最近、特定の作品はそれ以上に、どこからどちらに向いて描かれたかなども興味をもって調べ始めています。少しづつ過去の、と言っても古くてたかだか160年ほど前の事なのですが、判ってくるのは、いや判らなくても面白いです。今回の「コレクション展」は大いに刺激になりました。これから何回か出かけるつもりです。

 一二の作品について。良く展示されているから何回も目にしている「伝ハイネ・ペルリ提督横浜上陸の図」。沖に浮かぶ黒船に動力船と帆船があるとか、すべてが舷側を見せて停泊しているのは万一の場合にすぐ大砲を放てる位置取りになっているとかが感じられて興味深いです。絵の中に歴史が閉じ込められています。
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 「兵藤和男・本牧風景」の写生地はどこか、以前から調べていました。本の中の小さな図版しか見ていないので、多くは判りませんでした。でも今回初めて実物を目の当たりにして、ひょっとしてここではないかと閃きました。画面の中の傾斜具合や、兵藤が好んだ写生地から、前述の地図で示された位置よりはもう少し内陸部に入り込んでいるのではないかと感じました。個人的な仮定で、これからぼちぼち検証しますが、どうなることか。
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 「コレクション展」ですから、収蔵品以外の展示はありません。でも描かれた横浜はもっと多くあります。例えば、横浜駅北東口を地上に出たところは、あまりにも有名な「松本竣介・Y市の橋」の写生地です。横浜駅西口から5分ほど歩いたところが「島田章三・横浜落日」の写生地です。多くのひとが行き交う場所ですが、そんなことに気付く人は少ないでしょう。気付いた横浜を紹介していくつもりです。   (2016年10月3日記録)

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2016年9月16日 (金)

雑感:文楽9月公演「一谷嫩軍記・三段目」を見て

 昨日(2016年9月15日)の文楽、「一谷嫩軍記・三段目」の脇ヶ浜宝引の段は、「行く空の、月もさやけき夜の道、御影の里を立ち出でて、四方の景色もすみのぼる、高根に響く、布引の、滝の白糸湊川、流れもとう(りっしん偏に刀)利天上寺、麻耶のお山を右手に見て、気も磯伝い須磨の浦、一谷にぞ、着きにける」と始まります。

 年に数回しか見ない初心者に語りを理解するのは困難です。でも引用した部分は固有名詞が多いし、他にも、鉄拐山、鵯越などの地名が出てきます。

 一昔以上前の事ですが、六甲山系を良く歩いたので各々の場所は判ります。その頃、源平古戦場とは知るものの、物語りの大筋までは知りませんでした。今なら各々の場所をもう少し味わえたでしょう。土地の記憶、史実と物語を混ぜ合わせて、かけがえのない財産と気付くには時間がかかりまそた。そして、知れば知るほどに楽しめることが大きくなります。物事はスパイラル状にしか理解が進まないのでしょうか。一点集中もありそうですが、私は気が多いので今のまま進みます。

 ところで文楽、3月に引退した人形遣いの吉田文雀は先日亡くなり、豊竹嶋大夫が昨年末に引退、昨年春に竹本住大夫が引退と、人間国宝が減って随分と寂しくなりました。桐竹勘十郎が3代目を襲名したのは一昔以上前ですが、年の近い吉田玉男が二代目を襲名したのは昨春、襲名披露は「一谷嫩軍記・熊谷陣屋の段」でした。理不尽な所のある物語ですけれど、涙を滲ませながらもあまりの格好良さに、見えない筈の人形遣い、二代目玉男に惚れました。新旧交代期なのでしょう。

 今回の熊谷次郎直実は桐竹勘十郎が遣いましたが、これまた格好良い。二人はこれからの文楽人形遣いの中心になって切磋琢磨していくことでしょう。太夫で特に口跡鮮やかと感じたのは豊竹呂勢太夫、調べると芸歴40年近いですけれど、まだ新なのでしょう。三味線は以前から鶴澤燕三が好きです。芸が判る訳でもないので、雰囲気などに影響されている所は多分にあります。伝統芸能は厳しい世界で簡単に発展などできないでしょう。少なくとも現在よりは後退しないように、行政・文化団体・メセナなどが支援をして欲しいものです。私も今より出かけるようにします。

 昨日は、国立劇場50周年を祝う「寿式三番叟」が、三段目に先立って上演されました。

 写真は古いものですけれど、三段目に出てくる場所のいくつかです。最初は須磨浦公園から尾根道に上る途中で東を向いて海岸線、御影はどの辺りでしょうか。2番目は尾根道から一の谷への分岐、下ったことは無いのですが須磨寺に行くでしょう。3番目は鉄拐山、4・5番目は鵯越駅と周辺の案内図、6番目は麻耶山頂のとう利天上寺です。来年4月は、国立文楽劇場に出かけると思いますが、その後で、久しぶりに六甲山を歩いてみようかなどと思いました。
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   (2016年9月16日記録)

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2016年9月14日 (水)

神奈川芸術劇場:塩田千春『鍵のかかった部屋』

 神奈川芸術劇場・中スタジオで、本日初日(2016年9月14日~10月10日)を迎えた「塩田千春『鍵のかかった部屋』」に早速行ってきました。

 副題は「第56回ヴェネチア・ビエンナーレ国際美術展日本館 帰国記念展」。中スタジオ(251m2 16.5m×15.2m)は演劇やダンス公演に利用される部屋ですが、その全てを使った圧倒的なインスタレーションです。

 素材は五つの古い木製ドア―、大量の赤い糸、大量の鍵。糸は糸と言うより立体的に不規則に編み上げられていくつかの空間を生み出し、その空間を仕切るようにドアーが設けられています。少し離れて吊るされた大量の鍵。

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 かつて見た、大量の木製ドア―をバベルの塔のように積み上げた21世紀美術館の、古い医療用ベッドを急流のように連ねた発電所美術館のインスタレーションとは異質です。

 おそらく黒い糸を編み上げて古い家の生活の記憶を閉じ込めた、越後妻有の「家の記憶」の流れにあります。ただし「家の記憶」が生活の記憶を閉じ込めたのに対して、今回は何を閉じ込めようとしたでしょうか。いや閉じ込めようとの意図はないでしょう。未知のパフォーマンスを探求するアーティストたちが次々に開ける、あるいは開かないドアを暗示するのでしょうか。アーティストに限る必要もありませんが。

 写真で見る限り、ヴェネチアでは二艘の船(ボート?)を使っています。糸を編み上げた空間はあったのでしょうか。船が何かを目指すものの例えならば、編み上げた空間とドアーはそれに匹敵する気もします。余りこだわらない方が良いでしょうか。

 今日は塩田のアーティストトークがあったのですが承知せず、終えたころに到着しました。私はアーティストトークを余り好みませんが、塩田は一度聞きたいと思っています。暫く前、東京都庭園美術館のそれに出かけたのですが、一時間前に到着したのに満員で聴くことができませんでした。大いに考えるヒントにはなるでしょうけれど、それも絶対ではないからまあ良いでしょう。次の機会を待ちます。

 もう一・二度出かけたいと思います。

   (2016年9月14日記録)

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2016年7月17日 (日)

舞踊:Noism「ラ・バヤデール 幻の国」

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  脚本  平田オリザ
  空間  田根剛
  衣裳  宮前義之
  振付  Noism1
  音楽  L.ミンクス《ラ・バヤデール》、笠松泰洋

  舞踊家 Noism1 & Noism2
  俳優  奥野晃士、貴島豪、たきいみき(SPAC)

  会場  KAAT神奈川芸術劇場〈ホール〉
  公演  2016年7月1日(金)~3日(日)
  鑑賞  2016年7月2日(土) 17:00~19:00(休憩15分)

 「ラ・バヤデール」は、「箱入り娘」「カルメン」に続く劇的舞踊第3作。Noismはちょっと演劇づいているようだ。
 その理由を考えた所で大した思いが浮かぶ訳でもない。それでも、Noism自体の方向性か、客が求めるのか、それともレジデンシャル・カンパニーの宿命として大きなものの意向が忖度されているのか、恐らく入り混じっているだろうと想像する。もちろん客に愛されてのカンパニーだから、存続を前提に方向性を調整せざるを得ない面は多々あるだろう。しかし「J.S.バッハ《無伴奏バイオリンのためのパルティータ》」における絶対的な身体表現などを見たら、そこから遠ざかっているようで年老いた一ファンとして一抹の寂しさもある。それは置いて。

 「ラ・バヤデール」ではSPACの俳優三人が客演。「箱入り娘」では客演なし、「カルメン」ではSPAC(静岡芸術劇場)の俳優一人が客演。客演の数に比例する訳でもないだろうけれど、劇的な要素は「ラ・バヤデール」が一番強く感じた。もちろん脚本も演出も空間構成なども相まってのことだが。そして・・・。

 『物語は一人の老人“ムラカミ”の回想から始まる。曖昧な記憶を辿るように、かつてここにあった幻の国マランシュが蘇る』。これでおよそは判るだろう。ミンクスの音楽に近代の史実が重ねられていることが。そして車椅子、舞台面に描かれた大きな四角の領域とそこから延びる花道を思わせる帯状のパターンは、利賀の野外劇場を思わせる。名前は載っていないが、鈴木忠志の存在を思わずにはいられない。SPACも鈴木忠志の創立だ。

 劇的舞踊としては「カルメン・再演」も興奮したけれど、今回の「ラ・バヤデール」が一番興味深かい。劇的な要素が全体を支配しているとはいえ、美しい場面も多かった。
 特に後半、舞台奥のホリゾントに設けられた小さな出入り口から連なって出てくるダンサー、少しづつ変化しながら繰り返される長めのコール・ド・バレー。この場面はとても美しく、そして言葉なしの身体表現の饒舌さに心打たれた。恐らく10数回は見ているだろうNoism公演の中で、そして全てが記憶に残る訳でもないけれど、恐らく最も美しい場面だと思っている。メンバー一人一人を知る訳ではないけれど、カンパニーとしての実力を強く感じさせられた場面でもあった。演出・金森穣が殊更印象付けられた。

 どちらかと言えば井関佐和子、中川賢、遡れば「カルメン・初演」の真下恵とか、個人の印象が強く残るのは当たり前だ。今回も、コール・ド・バレーの後に続く井関・中川のデュエットが、儚さを漂わして深い印象を残した。

 そして、SPACの俳優が一気に幻の国に転じてしまった。脚本の平田オリザの鮮やかさ、今の世の中への警告でもあろう。

 私はなお、物語性の無いコンテンポラリーダンスを切望するけれど、それはそれこれはこれで、特に後半は見事な出来栄えだと思った。総合力で到達した至福の2時間と総括しておく。

   (2016年7月17日記録)

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2016年7月 5日 (火)

演劇:「日輪の翼」

  原作    中上健次
  脚本    山崎なし
  演出・美術 やなぎみわ
  音楽監督  巻上公一

  出演    オバ(老女) 重森三果、SYNDI ONDA、ななな、檜山ゆうこ、南谷朝子
        若衆     石蹴鐘、上川路啓志、辻本佳、西山宏幸、村岡哲至
        若い女    サカトモコ、藤井咲有里、MECAV
        楽隊     Saro、嶋村泰

  会場    横浜赤レンガ倉庫イベント広場
  公演    2016年6月24日(金)~26日(日)
  鑑賞    2016年6月24日(金) 18:30~21:00(休憩10分)
  参考    公式HP http://www.kaat.jp/d/yanagi_nichirin

 ヨコハマトリエンナーレ2014、新港ピアー会場の建屋内にステージ・トレーラー、通称デコトラが翼を広げるように展示されていた。「やなぎみわステージ・トレーラー・プロジェクト」の中心となる大道具。多くの耳目を集めていたが所詮は工業製品、派手な装飾を施されようと、東北画によるトレーラ下部を彩るスカートが張り巡らされようと、プロジェクト途中の未完成品と捉えていた。

 まだ明るい特設会場、観客席に後部を見せてデコトラが停まっている。その左右にスピーカーを積んだ軽トラック、さらに左側にクレーン車。それらを囲むようにしてベルトパーテーションが張られている。会場後方の一般道に自動車が行き交い、ホリゾントは横浜の街。野外劇場の演劇を何度も見てきたけれど、これほど一般空間と劇場空間の境界の稀薄な設営は皆無だった。
 これは「路地」の暗示だろうか。多くの人を苦しめてきた、未だに苦しめているだろう「路地」に物理的な境界などある訳でないとでも言うように。

 野外公演に雨は付き物、ましてや梅雨時。ポンチョ、オーバーズボン持参、要はハイキング支度だ。それまでして見たいかと問われれば、見たいと答えざるを得ない。万に一つのかけがえのない何かを見つけ出す可能性がある。何よりヨコハマトリエンナーレ2014の完結を見届けなければならないのだから。

 過去2作、やなぎみわ演出の演劇を見て、時代背景を理解していなかったので難解と感じた。今回は中上健二「日輪の翼」だけは通読した。他の作品までは手が出なかったが。

 

 雨が降る中で始まる。熊野の「路地」から立ち退きを迫られたオバたち(老女、原作で7人、ここでは5人)が、同じく「路地」出身の若者・ツヨシたちが運転するトレーラーの荷台に乗って旅をする。物見遊山ではない。オバたちが生きるための拠り所とした場所であったり、今となっては浄化された思いしか残らないであろう過去の苦界であったりする。ご詠歌を供え、迷惑がられる清掃奉仕をして、一時の至福を得る。若者たちは女性漁りに余念がない。奇妙な一行は、伊勢、尾張一の宮、諏訪、瀬田、恐山、東京へと移動する。途中、オバは死んだり、蒸発したりもする。

 舞台化困難とも思える原作にリアリティを与える中心がデコトラ、翼を開いたり閉じたり。ダンスのステージになったり、音楽ステージになったり。何よりオバたちの生活空間だ。
 猥雑な各所を表すのが、クレーン車でロープなどを釣り上げて行うアクロバチックな芸(演技)だったり、ポールダンス、多用な音楽・ダンスであったりする。

 俳優(芸人・音楽家)たちは芸達者、それなくしてこの演劇は成立しないだろう。そして最後にゆるゆるとデコトラは走って視界から消えていく。夜の帳が落ちた横浜の街、おもしろうてやがて悲しき現実か。

 

 ヨコハマトリエンナーレ2014におけるデコトラ展示を評価などしなかったが、ここでデコトラが息づいた感じだ。存在感を確認し、現代美術というか現代演劇というかの完結を見た。

 原作の土着性は薄れ、その分エンターテイメント性が増している。表現上の制約も大いにあっただろう。中上健二「日輪の翼」と言うより、やなぎみわ「日輪の翼」に生まれ変わった。それで何が悪い。

 雨は本降りになりそうな感じもしたが、前半半ばに上がった。熊野は多雨、雨でも良かったかなと思うのは強がりだったかも知れない。

   (2016年7月5日記録)

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2016年6月19日 (日)

音楽:宮前フィル第40回定期演奏会

  指揮 河地良智001

  演奏 宮前フィルハーモニー交響楽団

  曲目 ベドルジハ・スメタナ:連作交響詩「わが祖国」
     ユリウス・フチーク :剣闘士の入場(アンコール)

  会場 多摩市民会館大ホール
  公演 2016年6月12日14:00~16:00(休憩15分)

 スメタナの連作交響詩「わが祖国」は6曲で構成される。単独で演奏される機会の多い「ヴァルタヴァ(モルダウ)」は通俗名曲の類と言える。ただし全曲通しで演奏される機会はそう多くないように思う。

 チェコの「プラハの春音楽祭」は、スメタナの命日の5月12日に幕を開ける。毎年、冒頭に演奏される曲が「わが祖国」。チェコの人たちにどれだけ愛されているかは想像できる。特に1990年、ラファエルクーベリックが42年ぶりに祖国の土を踏み、チェコ・フィルを指揮した「わが祖国」の演奏は名演の評判が高く、ライヴ録音のCDで聴くことができる。重い歴史も秘めているようだ。

 私は何十年か前に一度聴いたことがある。指揮者もオーケストラも既に定かでないが、海外オーケストラだった。雑誌で読んだ関連記事に、選曲の理由として「ハーピストを帯同したかったから」との指揮者の言葉が記録されていたような。印象的な動機(B♭-E♭-D-B♭)を2台のハープが奏でて曲は始まる。ただし、第1曲「ヴィシェフラド(高い城)」は2台、第2曲「ヴァルタヴァ」は1台が演奏して、以降の出番がない。

 宮前フィルはアマチュア・オーケストラである。若い友人がトロンボーンで参加している縁で聴きに出かけた。2回目だ。自称後期初心者の私、年に数十回の演奏会に出かける。大半がオーケストラ、もちろんプロである。アマは宮前フィル以外を聴いたことがない。ゆえに演奏も、そこに至る過程も、各奏者のモチベーションも、何もかもに興味を抱いている。

 編成は基本的に10型、ただし一部に変則的なところがある。トロンボーンは全曲3本の指定だが、ステージ上には5人、1人はバストロンボーンだが。概ね総奏では全員が、それ以外は3本で奏でていたようだった。
 人違いかも知れないが、第1ヴァイオリンの最後方に、前回(一昨年)のコンマスだった方が座っていたような。
それが正しければどのような意図があるのだろうか。
 最近は年2回の定期演奏会のようだが、貴重な機会を全員で楽しむのはアマの特権、楽しむことが最優先で良いように思う。聴く方だって楽しめるし、次第に思い入れも強くなると言うものだ。

 第1曲「ヴァルタヴァ」、吟遊詩人を思わせるハープのカデンツァが終わり、次第に盛り上がる時に、何かざらっとした響きを感じたけれど、その時だけで以降、気になることはなかった。

 第3曲「シャールカ」は、愛する男性に裏切られたシャールカの復習がテーマ。クライマックス、シャールカに殺される騎士ツティラートの叫びをトロンボーンで表現するが、小気味よい演奏、ばっちり決まっていた。恰好良かった。

 全体を通して実に立派な演奏と感じた。難解な曲を見事に演奏したとも。2時間ほどを存分に楽しめた。心より敬意を表します。また聴かせて頂ける機会のあることを切望いたします。

 そうそう、頂いたプログラムも写真入りの大層充実したものでした。付け加えておきます。

   (2016年6月18日記録)

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